草莽に俯す
●草莽に俯す
出迎えのお籠に乗って大樹公の城へと進む。供が一人認められたので宣振を籠脇に歩かせて。
大樹公のお城に入る時、感じ入ったように宣振が声を漏らした。
「ほう。桜田門か。姫さんに自身の登城門を潜らせるとは、中将殿も相当気を使うちゅーな」
ここは大樹公様の重臣である彦根中将様のご府中屋敷より一番近い門。ここより城の内に進むには、それ相応の地位が要る。
客であり同じお目見え以上の直臣ではある。だからわしも、一応はタメ口を利くことが出来る身分であり、実家の江家は西国の雄藩で、大樹公様とても徒や疎かには出来ぬ身だ。
しかし、天下を差配する大樹公様の執権とわしでは立場に大きく開きがある。
何用なのかと思案を巡らす内に、奥の方までお籠はそのまま運ばれた。
「やはり相当気を使うちゅーな。こりゃあ、姫さんを歩かせる気が無いようや」
招いた中将様の、わしへの扱いは貴人に対するものであった。
「登茂恵殿。
御親兵創設に寧日無き時節にも拘わらず大儀である」
呼び出しに応じたわしを労う中将様は、
「早速だが」
そう断って行き成り話の核心に入った。
「義卿めがとんでもない事を言い始めた。
もしも江家が内々に話を収めたいと願うならば、彼に全ては妄言であったと言わしめよ。さもなくば、法度に照らし、処断せねばならなくなる」
「いったい何を口にされたのでしょうか?」
キョトンとした表情を作って様子を伺うと。
「天下の転覆である」
疲れ果てた表情で、オダマキの根を齧ったような顔をしながら放られし切り紙が二つ。
――――
国を憂うる草莽の人衆に俯す。
聞け外国に天主有り、耶蘇の教えの天主有り。
天主の世をば統べたれば、普く万民に貴賤無しと聞く。
見よ八島には天皇在り、天照神の御末裔在り。
天つ日嗣の坐せば、百姓全て上下無しと見ゆ。
我は聞く。初代の神功は偉大なり。
八島を鎮め夷征つ。
欣求浄土の寛を着て、
彼は清めん二百年の世。
我は見る。当世の暗愚は不肖なり。
戎に煽られ夷に服す。
厭離穢土の猛を発し、
我は祓わん七百年の誓い。
――――
大樹公討伐の檄とも読める言の葉に、わしは春輔殿と中将様の苦悩を知る。
因みに、判り易く翻訳するとこうである。
――――
私は国を憂うる人々に頭を下げる。
聞きなさい。外国には天地創造の神が居ます。キリスト教の神がいます。
その神は世界を支配している為、全てに渡って万民に貴賤は無いと聞きます。
見なさい。この国には天子様がおいでになります。天照大神のご子孫がいらっしゃいます。
万世一系の天子様がいらっしゃるので、(天子様の)民に一切上下は無いと見ました。
私は聞きました。神様と祀られし初代大樹公のお手柄は偉大であることを。
この国(の戦乱)を鎮めて、外国勢力を追い払いました。
この世に浄土を創る事を心から願い求め、彼は二百年に渡る(戦乱の)時代を片付けました。
私は見ました。当代の大樹公は愚か者で、初代に肖る事の無い未熟者であることを。
外国に振り回されて、言うがままに受け入れています。
理想の世界を創る為に身を挺し、私は(時節に合わなく成った)七百年の約束をお祓い致しましょう。
――――
「天下を覆す。それも大樹公の代だけに非ず。
七百年とは頼朝公以来の武士の世の謂いだ。
あやつめは武士が役立たずだから武士の治める世を無くしてしまうと放言しておるのだ!」
今は大樹公の世であれば、罪を得て然るべき内容である。
「これだけではない!」
中将様の顔は赤鬼さながらに紅に染まり、眼には焔のような怒りの彩を宿していた。





