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一大事

●一大事


 血相を変えて飛び込んで来た春輔(しゅんすけ)殿は、地べたに平伏したまま、


「姫様におかれましては、何卒(なにとぞ)我が師・義卿(ぎけい)の説得にご足労頂きたいと、伏してお願い申し上げ奉ります」


 と、呼ばわった。


「何が有りました!」


 (ただ)ならぬ様に、思わずわしも声が大きくなる。



「先生が。先生がまた(もう)を発しましてございまする」


 ご府中の牢屋敷にある筈の義卿(ぎけい)先生が何を……。


「先生は牢屋敷にて、隠れ切支丹(きりしたん)で捕らえられし者と知り合いに成り申されました」


「まさか。改宗を……」


「いえ。唯、学問として伴天連(バテレン)の話をして居るとの(よし)

 切支丹の男は、公使館・領事館にいる耶蘇(やそ)坊主を訪ねて発覚した者で、見舞いに来るオロシャ・エゲレス・メリケンの耶蘇坊主と話をしておるそうにございます。

 昔と違って、今は外国(とつくに)との交際が有り、仮令(たとえ)切支丹に改宗すると(いえど)もそれだけでは処刑されることはありますまい。何せ、捕らえられた隠れ切支丹の為に各国の公使・領事が動くのでございますからな。


 しかし義卿先生の、名にし負わばと発せらる猛は、我ら常人の考えの及ぶものではございませぬ。

 過去に発せられた猛は、何れも一命を(なげう)ち、藩を震撼させるもの為れば。此度(こたび)もよもや、尋常のものに(あら)ざるは必定(ひつじょう)

 拙く行かば、姫様やご継嗣様にまで累が及ぶ恐れもございます」


「ちょっ……待ちなさい。兄上様まで連座の恐れとは只事ではございませぬ」


 縁座・連座の恐れありとは余程の事である。確か、八代大樹公(たいじゅこう)様の時に、一部を除いて廃止された筈。

 その数少ない例外の中は、平成の御代の言葉に直すならば、国家転覆を謀る内乱罪と外国勢力を引き込んで国を危うくする外患誘致(がいかんゆうち)。因みに平成の御代でも、外患誘致で有罪となれば量刑は死刑以外ありえない大罪である。



「先生には前例がございます。黒船に乗り込んで海禁(かいきん)(鎖国のこと)を犯そうとし、拒まれてしくじった後、自ら訴えて罪を得ましてございます。取り扱った役人すら、見逃がすどころか握り潰そうとしてくれた罪を、敢えて背負って獄に下りましてございます。

 この時、死に値する罪ではございませぬが、師匠筋の象山(ぞうざん)先生も連座なされました」

 なんとも自分に厳しい人である。


 黙って居ればバレなかったものを敢えて自首し。しかも受け付けた役人が見逃すどころか握り潰してくれようとしたのに、わざわざ刑に服す。

 とは言え。それに巻き込まれた者は堪らない。と春輔殿は訴える。


「このままでは。先生は、死すとも自らの罪を明らかにするでありましょう」


 説得してくれと言う事か? それとも縁座・連座に問われた時の備えをしておけと言う事か?


「義卿先生に、何ぞ死に当たる罪がございまするか?」


 取り敢えず、聞かねば判断付かぬと声を潜めて問うわしに、


「お耳を……」


 春輔殿は耳打ちした。


「それは……」


 わしを絶句させた言の葉は、

――――

 老中邀撃(ようげき)

――――

 しかもなんと、堂々とそれを成す為に必要であると、正式に藩に大砲の使用許可を求めたのだ。


「当時を知る者ならば、中間(ちゅうげん)の端に至るまで誰でも知って居る事にございます。

 この事を自ら訴え出れば。仮令(たとえ)大樹公様が助命をお望みにあらせられても、流石に死罪は免れませぬ。精々が連座無きよう収めるが関の山にございまする。

 別して……。大樹公家・禁裏の畏き筋に慶兆(けいちょう)有りて、恩赦のご沙汰でも降りませぬ限りは」



 計画だけとは言え、武力行使を伴えば罪状は思想犯ではない。紛う事無き国事犯(こくじはん)である。決して目溢し出来ぬ筋の話であった。

 まだ思想犯ならば蟄居閉門で済まされるかも知れないが、国事犯ともなれば命は無い。後はその死に臨んで武士として死ねるか、賊として殺されるかの違いだけである。



「判りました。参りましょう」


 身支度をして、破軍神社の門を出た時。


「登茂恵様! 彦根(ひこね)中将(ちゅうじょう)様より、急ぎのお召しにございます」


 早籠を用意した使いの者と出くわした。


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