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奈津の覚悟

奈津(なつ)の覚悟


「それは女の名ではありませぬか!」


 ツッコミを入れるわしに奈津(なつ)殿は、


「いや。尾張の尾に竜巻の巻と書いて、尾巻(おまき)なんだ」


 慌てて訂正する。



「うーむ」


 しかし、『ああ姉と弟を取り替えたいなあ』などと言われても……。わしは何と言ったら良いものか。


「お父上様の愚痴を引き合いに出されても。正直言葉に困ります」


 わしはあからさまに眉を(ひそ)めて見せた。


 しかし、気付かないのか流しているのか判断付かない奈津殿は、


「とりかえばやと言われても。

 まさか物語のように、弟が大奥で見染められることなど起こる訳ないからね」


 それは物語の中の事だけだ。


「それに君、勘違いしてる」


 奈津殿は湯気の出そうな怒気を放ち、わしを睨みつけて言う事には、


「僕の弟は、まだ七つだ」



「なるほど。丈夫に育つよう女として。

 左様ならばまだ七つ。(じき)に男らしくお成り遊ばすと思いますが……」


「いや。剣よりも人形。馬よりもままごと道具を欲しがる上、あの歳で僅か一刻(いっこく)で浴衣を一枚縫い上げてしまうんだぞ。僕なんかよりもずっと女らしい」


 なんだか話が噛み合って居ないような気がする。

 自分で口にしたことで思い出し、(いた)く癇に障ったのであろう。奈津殿は声を荒げる。


「そもそも僕だって、男の仕事で出世出来る訳か無い!」



 ここで言葉を止めた奈津殿は、にっこりとわしの目を見つめた。

 そしてまるで女を口説く色男のようにその言の葉を、笛の様な声でわしに注ぐ。


「でも、そう思って居たのはつい昨日までの事だよ」


「今は違うとおっしゃいますか?」


 奈津殿は(おもむろ)にわしの手を取って、


「ねぇ君」


 と声を落とした。



「ねぇ君。上様のお声掛かりで、新しく御親兵(ごしんぺい)を創るんだってね」


 強くわしの手を握りしめながら、奈津殿は言った。


「あのさ。御親兵支配が君になるって事は、兵も男に限らないってことだよね」


 ぐいぐいと、手に力を込めて迫って来る。奈津殿の睫毛(まつげ)がとっても長い。


「な、奈津殿」


 まるで、恋する乙女に迫られているような錯覚を起したわしに、


()すのじゃ奈津姉さま。女に色仕掛けは通用しないのじゃ」


 一番年下の(ふゆ)殿が、わしと奈津殿の間に割り込んだ。


「いけません。いけません。(あや)しの恋は実りません」


 奈津殿の後ろから抱き締めて後ろに引っ張る(あき)殿。

 わしが抗い、生殿が分け入り、信殿が尻餅を搗いて。やっとの事で奈津殿を引き剥がした。



 採らねば尼寺か……。


「はぁ~」


 と長い溜息を吐き出して、根負けしたわしは口にする。


「判りました。加入を認めましょう」



「やった! これで尼寺に行かずに済む」


 声を躍らせる奈津殿は、両手で握ったわしの手をぶんぶんと上下に振り回す。

 こいつ、膂力(りょりょく)も相当ある。


「ずるいのじゃ。奈津だけずるいのじゃ」


 シマリスのように生殿が囃し立て、


「奈津だけですか?」


 信殿が恨めしそうな顔でわしを見る。


 一旦受け入れて適性を見て、と言うやり方もあるにはある。しかし、わしが創ろうとしているのは近代軍隊である。

 許嫁に逃げられ、入隊か然らずんば尼寺かの覚悟で参った奈津殿とは違い、二人には多くの選択肢があろう。


「今日加われば、今後の生き方を決めてしまいかねぬ大事にございます。

 あるいは実家義絶と為るやも知れませぬ。

 あるいは不嫁(いかず)と為るやも知れませぬ。

 あるいは女の顔に二目と見れぬ傷を創るやも知れませぬ。

 生殿、信殿。そのお覚悟はございますか?」


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