奈津の覚悟
●奈津の覚悟
「それは女の名ではありませぬか!」
ツッコミを入れるわしに奈津殿は、
「いや。尾張の尾に竜巻の巻と書いて、尾巻なんだ」
慌てて訂正する。
「うーむ」
しかし、『ああ姉と弟を取り替えたいなあ』などと言われても……。わしは何と言ったら良いものか。
「お父上様の愚痴を引き合いに出されても。正直言葉に困ります」
わしはあからさまに眉を顰めて見せた。
しかし、気付かないのか流しているのか判断付かない奈津殿は、
「とりかえばやと言われても。
まさか物語のように、弟が大奥で見染められることなど起こる訳ないからね」
それは物語の中の事だけだ。
「それに君、勘違いしてる」
奈津殿は湯気の出そうな怒気を放ち、わしを睨みつけて言う事には、
「僕の弟は、まだ七つだ」
「なるほど。丈夫に育つよう女として。
左様ならばまだ七つ。直に男らしくお成り遊ばすと思いますが……」
「いや。剣よりも人形。馬よりもままごと道具を欲しがる上、あの歳で僅か一刻で浴衣を一枚縫い上げてしまうんだぞ。僕なんかよりもずっと女らしい」
なんだか話が噛み合って居ないような気がする。
自分で口にしたことで思い出し、甚く癇に障ったのであろう。奈津殿は声を荒げる。
「そもそも僕だって、男の仕事で出世出来る訳か無い!」
ここで言葉を止めた奈津殿は、にっこりとわしの目を見つめた。
そしてまるで女を口説く色男のようにその言の葉を、笛の様な声でわしに注ぐ。
「でも、そう思って居たのはつい昨日までの事だよ」
「今は違うとおっしゃいますか?」
奈津殿は徐にわしの手を取って、
「ねぇ君」
と声を落とした。
「ねぇ君。上様のお声掛かりで、新しく御親兵を創るんだってね」
強くわしの手を握りしめながら、奈津殿は言った。
「あのさ。御親兵支配が君になるって事は、兵も男に限らないってことだよね」
ぐいぐいと、手に力を込めて迫って来る。奈津殿の睫毛がとっても長い。
「な、奈津殿」
まるで、恋する乙女に迫られているような錯覚を起したわしに、
「止すのじゃ奈津姉さま。女に色仕掛けは通用しないのじゃ」
一番年下の生殿が、わしと奈津殿の間に割り込んだ。
「いけません。いけません。妖しの恋は実りません」
奈津殿の後ろから抱き締めて後ろに引っ張る信殿。
わしが抗い、生殿が分け入り、信殿が尻餅を搗いて。やっとの事で奈津殿を引き剥がした。
採らねば尼寺か……。
「はぁ~」
と長い溜息を吐き出して、根負けしたわしは口にする。
「判りました。加入を認めましょう」
「やった! これで尼寺に行かずに済む」
声を躍らせる奈津殿は、両手で握ったわしの手をぶんぶんと上下に振り回す。
こいつ、膂力も相当ある。
「ずるいのじゃ。奈津だけずるいのじゃ」
シマリスのように生殿が囃し立て、
「奈津だけですか?」
信殿が恨めしそうな顔でわしを見る。
一旦受け入れて適性を見て、と言うやり方もあるにはある。しかし、わしが創ろうとしているのは近代軍隊である。
許嫁に逃げられ、入隊か然らずんば尼寺かの覚悟で参った奈津殿とは違い、二人には多くの選択肢があろう。
「今日加われば、今後の生き方を決めてしまいかねぬ大事にございます。
あるいは実家義絶と為るやも知れませぬ。
あるいは不嫁と為るやも知れませぬ。
あるいは女の顔に二目と見れぬ傷を創るやも知れませぬ。
生殿、信殿。そのお覚悟はございますか?」





