三人の娘1
●三人の娘1
「きぇぇぇぇーっ!」
奇声を上げながら杭を叩く。
右肘を円匙持ち手の先に付け、左手で持ち手の先を握り。右の親指がこめかみを擦るようなコンパクトな構えから、野球のバットのように立てたトンボから、全身の力で打ち下ろす。
腰を落とした低い姿勢で、振り下ろしの膂力と膝の曲げ伸ばしの発条を使って息をも継がず只管に叩き続ける。
わしが前世で身に付けた剣術の打ち込みを、よりコンパクトなものにして閉所戦闘である塹壕戦用に工夫を加えたものだ。
前世のわしが学んだ剣術は、他流と比べて技が少ない。極論すると打ち下ろしの一手のみを磨き上げる。結果、技の多い他流に比べ、熟練の域・練達の域に到達する者が多く出る。つまり白兵戦に強い兵隊を量産するのに都合が良い。技の数が少ないと言う欠点さえも、いざ実戦となれば迷いを生じさせないと言う強みに化ける。
そして打ち下ろしの一手に統一された剣術は、隊伍を組んで密集しても、味方を巻き込む恐れなく存分に斬り付けることが可能なのだ。
この事も含め。円匙術の基本に前世で身に付けた剣術を据えたのである。
「一応、突き技も抜き打ちの斬り上げもございますが、それは腕も肝も練り上げた後で教えます。
兎に角、一にも二にも敵を一撃に倒す二の太刀要らずの打ち込みを体得為さいませ。
初太刀で斃せなくば、死んでも構わないと心定めて打ち込むのでございます。
当世が武士の多くは、未だ太平の世に酔い臥して前後不覚の高鼾。
斯様な間抜けらが、相打ち上等で戦う者に勝てる道理がございましょうか?
終始駆け回り、猿の如く雄叫びを上げて相打ち上等で打ち込む時。
唯一人にて十人の腰抜けを討つことなど、箸を持ち上ぐるように造作も無き事にございます」
持ち手がTの字に為っている円匙を引っ提げてわしは、
「このようにするのです」
と見本を示す。
「これをトンボと申します。勝ち虫の蜻蛉の如く縦横に動き回り、勝つのです」
そして、
「きぇぇぇぇぇぇぇ!」
雄叫びを上げて身体の枷を外す。望む時に火事場の馬鹿力を引き出せるようになれば一人前。
杭から杭へ。膝の伸縮で全身の発条と体重移動を駆使して、翔ぶが如くに駆けながら、最高速の打ち込みを見舞い続ける。
得物は刀鍛冶に鍛えさせた鋼の円匙だから、刃は無くとも刀と同等。忽ち杭はボロボロに。
「うぁ……」
玉串の紙垂のように化す杭の姿に、軍次殿も唖然となった。
「確と目に焼き付けましたか?
齢十の小娘が成せる業にございます。歴とした武士の皆様に成せぬ筈はございませぬ」
わしは彼らの自尊心を深々と抉り、その傷口にたっぷりと塩と唐辛子を擦り込んだ。
「遣って見よと言われても……」
当惑する者達にわしは、
「ああ。これでは無理でございますね。一度引き抜いて、新しいのに換える所から始めて下さい」
「また穴掘りかよぉ」
あからさまに不平が飛び出すが、
「それがどう致しましたか?」
円匙をトンボに振り上げると、
「い、いえいえ。何でもございやせん」
大の男。それもならず者と変わりない連中が、数え十やそこらの小娘に尻尾を巻いている。
悪口を吐き出すくらいだから、少しは意気地を見せて欲しかった野郎が、忽ち膝を屈して土下座しやがった。
尋常科三年の子供に対し、今にも這い蹲りそうな体たらくだ。
言う事を聞かぬ跳ねっ返りよりはまだましだが、流石にこれでは拙かろう。そう思った矢先。
「おーい姫さん」
「登茂恵さん。入門希望者が来てますよー」
その手の事は一切を任せた筈の摩耶殿と、練兵を任せた宣振に先導されて。
下は今のわしくらい、上は十五、六くらいであろうか? 三人の娘が遣って来た。
「あ……」
間の悪いことに、額付いてわしに詫びを入れたその瞬間を、子供や若い娘に見られてしまったのだ。
「あちゃあ~」
額に手を遣る宣振は、何を遣って居るんだよ。と言わんばかりの眼でわしを見る。
「か、河岸を変えましょう」
漸くの事で摩耶殿が提案をした。





