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恃みとするは

(たの)みとするは


 破軍神社の倉に所狭しと積まれているのは、針金に棘が取り付けられ輪に巻かれた物。

 そう、有刺鉄線(ゆうしてっせん)だ。


「上様に取り寄せて頂いた鉄の(いばら)にございます。

 開拓地の多いメリケンでは、野の(けだもの)から牛馬や羊などを護る為に使われております。

 未だ欧米列強の者すら気付いては居りませぬが、熊をも阻む物ならば人を阻むのは容易き事。

 張り巡らせれば、忽ちにして茨の城・鉄条網(てつじょうもう)を築くことが叶います」


 わしの説明に、


「うーむ」


 唸り声を上げる軍次(ぐんじ)殿。



「これで幾重にも陣の壁を造り、矢玉で戦を致せば。馬や刀槍の者は破れませぬ。

 鉄の茨に行く手を阻まれ取り付いた者に横矢を掛ければ、一()く十を制しましょう。

 さらに内に堀と掻き上げの土塁を築けば、立派な城と相成ります。

 私が描く戦いは、野戦にて我だけ城の内に在り、火砲(ほづつ)と鉄砲で敵に当るもの。

 野戦普請で塹壕の上を丸太で覆い土を被せるならば、これだけで大筒でも破り難き金城となりまする。

 これらをベトンなる物で固めた暁には、(まごう)う事無き城塞にございます」


「それは、卑怯ではありませぬか?」


 武士の誇りと尚武の意識が言わせるのだろう。だがわしは言う。


「朝倉宗滴(そうてき)公曰く、『武士は犬とも言え、畜生とも言え、ただ勝つことこそ本にて候』。

 (いくさ)に当り、負けぬように謀るのは当たり前にございます」


「うむ……」


 納得の行かぬものを何とか納得しようとしている軍次殿。


「長崎帰りの者によると、フランスにはミトラィユーズなる速射砲がございまする」


「こんな字か?」


 軍次殿は懐紙に矢立で

――――

 美泰遊子(みぃたいゆうず)

 美斗雷遊子(みぃとぅれいゆうず)

――――

 と字を書いた。


 上はフランス語の発音に近く、下は意味も通って面白きものなれど、


「漢字ではどう書くかは存じませぬ」


 生憎わしは漢字でどう書くかは知らなかった。



「こほん」


 偉そうに咳払いをして話を続ける。


「ミトラィユーズはクランクなる手回しの曲柄(きょくへい)を回して弾丸を立て続けに発射できるそうにございます。

 弾は金属板に取りつけられており、何本もの銃身から順番に発射して行く由。

 予め装填済みの金属板を何枚も用意して置けば、撃っては取り替え撃っては取り替えと、際限なく撃ち続けることが適うと聞きます。

 話によると、鉄砲を何本も束ねた大掛かりで扱い難き物なれば、野戦での取り回しは難しゅうございまする。

 されどこのミトラィユーズを横矢に使えば、僅か数人を配するだけで鉄条網に取り付いた敵を一掃できます。

 普請とこの速射砲を組み合わせる時。これに一人の優れた大将と十分な弾さえあれば、立派な武士の幾備えをも女子供の寄せ集めで斃す事が適いましょう」



 次第に深く額に縦皺を刻みながらもじっと聞いていた軍次殿は、ゆっくりと口を開いた。


「その(もとい)をわしらが開くのか?」


「はい。全ては普請の(わざ)次第。それが有って、初めて女子供が立派な武士を討ち取れます。

 軍次殿を始めとする皆様には、私の城や石垣に為って頂きたいのです。私と私の大切な者達を護る城に」


「うーむ」


 と軍次殿は唸る。

 そこへ畳みかけるようにわしは切り札を切った。


「恐らく軍次殿らは、入り組んだ塹壕や狭い坑道の中での戦いが多くなると思われます。

 故に、我が三星一文字(さんじょういちもんじ)流の秘伝である円匙(えんぴ)術を伝授致そうと考えております」


「円匙術? 聞かぬ名前だが……」


「はい。今、普請で使っている円匙を武器と用いて、狭い場所で戦う為に特化した術にございます。

 是非とも身に付けて頂かねばなりませぬ。私が皆様を恃みとする為には」


 わしが秘伝を彼らに与えると確約すると、彼は大きく頷いて、言った。


「秘伝をお授けになるとは……。お覚悟確かに承りました。

 この事と合わせ、人は石垣。人は堀。と皆にも言い聞かせておきましょう。

 登茂恵(ともえ)殿が心底我らを(たの)みとするとあらば、皆も犬馬の労を惜しみますまい」


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― 新着の感想 ―
[一言] 長き太平がため廃れさせられた野戦築城の技に、WW1で活躍したスコップ戦闘術ですか 確かに戦場でなら光る実用的な術ですな
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