普請こそ力
●普請こそ力
「登茂恵殿! 昨日は溝浚い、今日は道普請。
年がら年中これでは、寄場の人足と変わらず、組の者から不平の声が絶えませんぞ」
皆を束ねる軍次殿が、わしに不満を上げて来た。
そうか。理解出来ぬのか?
今はそう言う時代であったなと、改めて思い知る。
いや。この時代に限った事ではあるまい。
わしの前世の晩年には、まるで公共工事が無駄だの悪だの言い出す連中がおったのだ。
そんな奴らが治水などを無駄遣いとして取り止めた結果、水害を招いてしまった。
元来は堯舜の時代からインフラ整備は国の基であったと言うのに。
ところで、戦前の子供が社会の発展に、インフラ整備や教育などの政策が不可欠だと学んだのは、学校では無い。少年倶楽部と言う雑誌のマンガだ。
そのマンガの掲載が始まった頃。既にわしは尋常科を卒業していたが、弟の級友が持ち込んだ物を読んでいた覚えがある。
当時を知る者で、輝く王冠と腰蓑を付けた日本の少年が、ネズミのカリ公達と一緒に道路を造り橋を架け、学校を建てて文化を開いて行く物語の名を知らない者は居ないであろう。
あののらくろと人気を二分し、戦後もカリ公を主人公としたマンガが昭和三十年代まで学年誌に掲載されていたくらい国民に親しまれていた。確かテレビの人形劇にもなっていたな。
そんな事を思い出しながら、わしは理由を説明する。
「普請三昧には、然るべき理由がございます」
二千年の昔。地中海世界にローマと言う国が君臨した。
都市国家からスタートした古代国家に相応しく、兵役に就いた市民軍から始まったローマの軍隊だった。
それが志願兵による職業軍人となっても、一貫して貫き通したローマ軍の特長がある。それは軍隊は平時に於いてもインフラ整備に従事すると言うことだ。
平時に於いて土木工事を担う事で、本来消費しかしない軍隊に生産性を与えつつ、戦時における架橋・陣地構築の腕前を上げる。
結果、ローマの軍人は土木工事の専門家と成ったと。
「土が成ると書いて城と言う字になります。城を築くも毀つも、普請の腕前。
私が望むのは、一夜にして大河に橋を架け弾丸雨飛の傘を築く兵士。
一夫当りて万夫をして開くこと能わぬ陣を創り上げる者達にございます。
斯様な者達と共にあれば、私は一を以って十を破って見せましょう。
勝利は正に、普請の内にございます」
「いや、しかし」
あからさまに、納得出来ぬ事が顔に出ている軍次殿。
「あちらの兵法に、鉄床戦術と言うものがございます。
軍を大別して二つに分け。敵を引き付け拘束するのが鉄床。取り付いた敵に横槍を入れたり、背後より挟み撃ちにする役割が槌にございます。
この時、鉄床に割く兵が少なければ少ない程、敵に与える損害は大きくなります。故に一能く十を制す事が出来る仕組みが必要なのです。寡兵にて大軍に当るは武士の誉ではございませぬか?
太平記はご存知でありましよう。中でも大楠公の働きは、男ならば誰でも憧れて然るべきご活躍にございます。
されど大楠公が、三十万を相手に僅か五百で対抗出来たのは赤坂城あっての事。千にて百万の軍勢と戦えたのも千早城あっての事。
普請を厭うては、城を築くを厭うては万世残る大功は立てられませぬぞ」
物は言い様。わしは殊更に軍次殿を煽る。
なぜならば、彼こそが連れて来た者達の王。説得するのは彼一人で良いからだ。
「それは解るが……」
口籠る軍次殿。
武辺の者に良くある、策を卑怯と見做す思いだ。
「判りました。最早、一個人の武勇で戦は決せぬ証拠をお見せ致しましょう。
機密故、組の者には軍次殿だけにお見せ致します。こちらへ」
そう言ってわしは軍次殿を、この為に空けて貰った破軍神社の倉に案内する。
わしの頼みに過剰反応した摩耶殿は、僅か半日で倉の一つを空にしてくれたのだから、有効に利用しなくてはなるまい。
「これは?」
現物を見せた。しかし初めて見る物故、理解出来ないようだ。
なんとも言えない顔でわしの目を見つめて来た。
さもあらん。何故これが証拠になるのか、現時点では欧米列強の将軍・参謀とても理解不能であろうからな。





