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三十二文字の律

三十二(みもそふた)文字の(のり)


「お師匠さんに、礼!」


 ぞろりと居並ぶ男・男・男。


「あわ。あわわわわわわっ……」


 行き成り、津波のように押し掛けるむくつけき野郎共に、破軍流師範である摩耶(まや)殿は狼狽する。



登茂恵(ともえ)っち。話通して無かったのかよ」


 ジト目でわしを見るトシ殿。

「既に地代や束脩そくしゅうに当るおあしは、世子様よりお預かりして既に纏めて摩耶殿に渡してござる。手続き上、何の問題もござらん」


 丁寧な言葉で代弁する宣振(まさのぶ)


「なら助けて遣れよ。可哀想に、摩耶っち固まっちまってるぞ」


「名義上は、摩耶殿の道場に入門し、間借りしている当流が教える形に成り申す故。致し方ござらん」


 突き放して言う宣振の目は、堪え切れずに笑っている。


「とは申せ。あれでは(らち)()きませぬ。

 宣振。助けておやりなさい」


 命ずると、頷いた宣振は畳まれた木綿の布を抱えて、摩耶殿と野郎共の間に立った。



「これより法度(はっと)を申し付ける。

 古来、武士の主従は御恩奉公の約定が下にある。末席と(いえど)も士分と名乗りたくば、これなる文字を法度を心に刻め」


 言ってぱらりと布を広げると、目に飛び込んで来る漢字の列。

――――

平時

 来者不拒 去者不追

 犯規必除 賊者必誅


戦時

 逃亡必誅 抗命必誅

 掠奪即誅 強姦即誅

――――

 平時と戦時の原則を彼らに示したものだ。



「話は簡単にござる。

 (つね)ならば、

 来る者は拒まず、去る者は追わず。規律を犯す者は追い出し、賊は殺す。


 (いくさ)に於いては、

 逃亡する者・反抗する者・略奪する者・強姦する者は(ちゅう)する」


 学の無い者の為に、宣振が飲み上げる。


 法度は誤解の有り得ない強い言葉で書かれている。

 求めるものは何も難しいことではない。彼らは有象無象の者達である。だから単純明快な決まりを示し、規律のタガで締め付けねば全く纏まりが付かぬのだ。



「不服のある者は、この場にて立ち去れ。残る者はこれらを了承した者と見做す」


 わしの一喝に、志願した筈の何人かが抜けた。


「さしあたって、ご府中内の道普請や溝浚(どぶさら)いをして貰う積りだ。大名・旗本の屋敷の草取りとかもな」


 わしは志願者を(ふるい)に掛ける。


「そうだ。水に合わぬと思うなら、抜けるのは今の内だぞ」


 また何人かが抜けた。



「登茂恵っち。随分と減ったがいいのかよ?」


「問題ありません」


 そもそも。これを受け入れられずに抜けるような程度の人間は要らない。

 欲しいのは豪傑では無く、忠実に(したが)う者達なのだから。



 兵隊として、腕に覚えの豪傑達がどれ程使えないのかは知って居る。

 判りやすい例を挙げよう。

 前世の歴史で維新後、日本国民が殺された事件で台湾に軍隊を派遣したことがあった。

 問題はその道中。航海では飲み水の真水が貴重で一人一日幾らと割り当てがある。所が勝手に飲む奴が居たので水番を置いた。その番人が恫喝され、欲しいままにがぶがぶ飲まれたので、段々と位の高い者が番人を務めねば為らなくなった。そして遂には、遠征軍の総大将自らが水番に立つ破目に為ってしまったのだ。

 笑い話のようだが、こんな連中を抱える軍隊が強い訳がない。


 今は槍一筋が物を言う戦国の昔では無い。いや戦国の昔でさえも、弾に当たればどんな豪傑も一溜りもない。

 ()の鬼武蔵・森長可(ながよし)(くん)水野(みずの)勝成(かつなり)公が足軽・杉山孫六(まごろく)の狙撃で眉間を撃ち抜かれ二十七歳を一期(いちご)とした。


 そう、近代軍隊に豪傑は要らぬ。なんとなれば、鉄砲伝来以降の世界とは関羽張飛の如き万夫不当の豪傑が、よちよち歩きのデービー・クロケットに手も無く殺されてしまう世界なのだから。



「あほうな連中が抜けたけんど、まだ篩に掛けるか? 姫さん」


 宣振が伺いを立てて来た。


「後は実地に間引きましょう。暫くは道普請と溝浚いなので、それで嫌気がさす者は去る筈です」


「そうやなぁ。戦うつもりで来て寄場の人足では、抜けるのも判るものやし」


「差し当たって、先ずは腹ごしらえをさせましょう」


「ああ。腹が減っては(いくさ)はできんきな」



 宣振はわしが連れて来た男達に向かい、大声で()った。


「おまんら、飯ぞ。たんとあるき腹一杯食え。

 食うたらお仕着せの、筒袖(つつそで)伊賀袴(いがばかま)に着替えるがよ」


 一人頭、五分搗きの握り飯に沢庵二切れ。具は梅干しと醤油を掛けた削り節の鰹節。海苔の佃煮に金山寺味噌。 それぞれ男の拳大だから、食いではあるだろう。



 飯が終わり、柿渋色の制服に着替えさせた男達を前にわしは命ずる。


「ここにある円匙(えんぴ)を一人一本携えなさい。これがあなた達の得物です。

 円匙は、道具と使って土を掘りて掬い上げ、時には火に掛けて飯を作り、武器と使って敵を殴り・斬り付け・打突致して首を干し、盾と用いて槍を弾く、実に使い勝手の良い物にございます。

 これから普請等の傍ら、私が円匙の術を伝授致しましょう」


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