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三方益

●三方益


「はい。是が非でも軍次(ぐんじ)殿を連れて行きまする」


 これが軍次殿以外はと言った理由だ。


「今、水府小天狗は勤皇(きんのう)を唱え、大樹公(たいじゅこう)家の世を(あだ)に乱そうとしております。

 ()くなる勤皇の計を破るには、擒王(きんおう)の一手が一番にございましょう」


 勤皇と擒王。親父ギャグのようだが韻を踏んだ言い回しに、強張りを見せていた藩主殿が、くすりと笑い声を漏らした。


「三十六計は擒賊擒王(きんぞくそんおう)の計に曰く、

『敵を(とら)えんとすれば先ず王を(とら)えよ』と申します。


 私の見る所。犬上軍次(いぬがみぐんじ)殿こそ、無宿者達の王に他なりませぬ。

 まして軍次殿は、地縁も無いのに腕一つ、度胸千両で荒くれ者を仕切っておりました。

 

 将棋の駒と思召(おぼしめ)せ。

 彼が小天狗に(くみ)すれば、中々に厄介な駒にございまする。されど上様の(たなごころ)にあらば、犬馬の労を惜しまぬ利き筋の多き使い良き駒と成りましょう。

 これが私が軍次殿を望む第一の理由にございます」


 指を折りながらわしは挙げる。


――――

 第二に。博徒(ばくと)の親分衆には色々と(しがらみ)も有るが、今の彼には横の繋がりが無い事。

 第三に。大樹公への忠義故に主家を出奔(しゅっぽん)した者であるから、大樹公の(ぞく)可惜(あたら)棒に振るような変節は無いであろう事。

――――


 これらを文彩(ぶんさい)を尽くして説いて行くと。藩主殿は大きく頷いてわしに向って口を開いた。



「実の所。以前より水府(すいふ)の跳ねっ返り共の所業には手を焼いておった。

 処士(しょし)横議(おうぎ)の言いたい放題くらいならば目も瞑ろうが。近年は、八州の博徒や無宿を用いて騒乱を成そう謀るなど、最早捨て置くことは(あた)わぬ事態と為っておる。


 とは申せ、水府の者には手が出せぬ。御三家常府の大藩でもあるし、何よりわしの実父は、水府の老公でな」


 藩主殿は自嘲気味の笑みを浮かべる。


「さらに今の上様と大樹公(たいじゅこう)家の家督を争った一橋卿を兄に持つ。一手しくじれば、(たちま)ち若隠居の憂き目をみかねかねぬ難儀な立場だ」


 どうにも身動きできない(しがらみ)に縛られている藩主殿。



「それは……。(まこと)に心労お見舞い申し上げまする」


「こたび登茂恵殿が、その厄介事を川越から除いてくれると言う申し出は有難い。


 あの牢の者達は、仮にも騒乱の為の(つわもの)として水府の小天狗共が目を付けた命知らずのならず者。皆灰汁(あく)が強く、御すのも一苦労の連中であるが、それでも良いのだな?」


 初手の予想に反して、藩主殿はわしの引き取りに対し前向きな姿勢。

 周囲に目を配れば、誰一人として反対する声はおろか、諌めようと機を伺う者も居ない。逆にわしに縋るような目を向ける者も混じっている。


「余程持て余しておいでにございますね」


「恥かしい事だがその通りだ」


 藩主殿は肯定した。



「無論、我らも手を拱いていた訳ではない。

 ()の者は腕が立つでな。八州廻りよりの建白で、水府の天狗共が目を付けておる甲州の博徒に客分として入り込ませ、首魁を捕らえる算段もあったのだ」


「それを成さしめた場合。軍次殿は裏切り者として残党に狙われましょうな」


「ああ。それを上回る褒美の加減が難しいのでな。未だ首を縦に振らせては居らぬ」


「その策と、私の申し出とを比べて。ご尊藩(そんぱん)の利はどちらがありましょう」


 わしは辺りを見渡して、場にいる全ての者の目を、一人ずつ拝んで行く。


「埋伏の毒は、良くて厄介者の軍次殿を使い潰して費えを免れるくらいにございます。

 されどもし、軍次殿のご奉公が叶いますれば。ご尊藩は上様の為に使える者を献じた形になりまする。

 されば上様のお覚えめでたき事、火を見るよりも明らかにございます。

 私の求めは、軍次殿・ご尊藩・上様、三者全てが得をするお話にございまするぞ」


 まるでそうすることが、藩主殿と川越藩の唯一の良き選択であるかのように申すわし。

 数えで(とお)の見た目の幼さを利用して、不如帰(ほととぎす)のような声で訴える。

 そうして、一回りした所でわしは言った。


「あの牢にある者は、(いま)沙石(しゃせき)にございます。えらぶ前の砂金、(みが)くまえのたまにして、下知に従わせるだけでも難儀となりましょう。

 故に、これを金玉(きんぎょく)と成す為には、軍次殿を欠く訳には参りませぬ」


 元より彼らを纏め得る軍次殿を、手に入れざる選択は無い。

 有象無象の輩を纏めるには、彼らが認める強き王が不可欠なのだ。


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