不首尾
●不首尾
騒がしい連中の先頭に立っているのは、トシ殿であった。
鬼の様な形相で踊り込んで来たかと思うと、
「登茂恵っち! 何ちゃうことだんべ!
お前ら、何を考えてやがる」
「いゃ。そうは申されても……。これは八州廻りよりのお達しで」
「何にっか? お前らの目ん玉ぁ、飴玉でも入ってんべが?
よくもまあ、こんなとこにぶち込みやがったもんだ」
「あ、いや……」
「さっさと出しやがれ。さもねぇと、この不首尾、お前の皺腹で始末付けなきゃいけねくなるぞ」
「い、今鍵を……」
慌てると却ってもたつくようだ。
「しゃらくせえ! 退け!」
トシ殿は腰の刀に手を掛けると、
「てぇ!」
「な、何をなさいます」
気合と共に抜き、三度振るって牢の格子を叩き切った。
「お、なかなか行けるもんだねえ。まあよう! 殿さんも奮発したもんだ」
「トシ殿。その刀、初めて見ますがどうしたのですか?」
「これか? 殿さんからの詫び刀だ。
和泉守兼定と聞いたが、てぇしたもんだ」
お詫びにせしめた差料だと言う。
「トシ殿……」
ジト目で見遣ると、
「ああ……早かっただろう。全ては大樹公の花押付きの書状のお陰だ。
皆がへいこらするんで、気持ち良かったぞ」
と話を変えて誤魔化す。
「ああ。どうすんだこれ……」
如何に藩主直々の赦免のお達しがあるとは言え、破られた獄に頭を抱えて蹲る役人達。
「まあよう。この通り色気の一片もねえガキだわ、お淑やかさもまるっきりだわ、女らしさなど薬にもしたくねえ気性だわ。お前らが間違うのも当ったり前めえたあ思うがよ。
ここにゃ改め婆は居ねえのか!」
一同、トシ殿の言葉にきょとんとするが、
「いいかぁ! 耳かっ穿ってよおく聞け。
登茂恵っちは、信じらんねえと思うがよ。……女だ」
「「「ええ~っ!」」」」
この時、役人も囚人も心は一つとなった。
わしにのされた連中が、ぽかんと埴輪のように口を開けて呆けている。
「武士を、それも上様直臣を無宿牢に入れたことについちゃあ、ここの慣わし。或いは上役のお達しにゃ逆らえんで済むかも知んねえ。
っがよ。無宿牢に女を入れた不首尾に、上役の責めはねえよなあ」
ドスを利かせながら、ぺしぺしと鞘に納めた差料を叩く。
「……で、お前らどう落とし前付ける気だ?
切るか? 腹ぁ。介錯くれえ、してやっぞ」
人の悪そうな顔をして、脅しを掛けるトシ殿。
「貸し一つ。……いいえ。そこのな牢名主に、危うく間引かれる所でしたから。
貸し三つで手を打ちましょう」
わしは菩薩の様な笑顔を浮かべ。蜘蛛の糸を垂らしてやった。
斯かる不始末の累は、彼らのお家や上役にまで及ぶ。
自らを縛る縄と知りつつも、役人達は掴むしか無い。
わしをここに放り込んだ役人達は、がっくりとその場で膝を付くのだった。
さてわしは、藩主より差し向けられたお籠で蔵造りの街並みを通り、大塚の護持院の末寺・廣徳寺に入った。
見事な仁王門の手前で籠より降り、木陰涼しき参道を歩む。
案内の者に従い、光の滴を編む小径を進み行けば、そこは丹塗りの表門。
鎌倉の往時を偲ぶ空堀跡を踏み越えて湯堂に至る。
寺での藩主との面会を控え、獄の穢れを落とす為である。
「おい。登茂恵っち。どこまで付き合わせる気だ?」
「トシ殿には警護をお願い致し、応じて下さったと記憶しております。違いますか?」
「まあそうだがよ」
「ならば中までお願い致します。
古くは源頼朝公・近くは幡随院長兵衛。古来、風呂で討たれた者は少なくありませぬ故」
「なっ!」
奉公先でモテ過ぎて、居られなくなったとの逸話を持つ男なのに。
トシ殿は意外に初心な男であった。春風殿に爪の垢を煎じて飲ませたい程に。





