落ち着きなさい
●落ち着きなさい
ドーンと腹に響く音で目が覚めた。爆発音が大地を揺るがした。
「姫さん!」
襖が開いて飛び込んで来る宣振。既に親指で鍔を押し、鯉口は切ってある。
「黒船の奴。撃ってきおったぞ」
「相手は一隻。まだ慌てる時ではありません。宣振はそこに控えていなさい。
間も無くあちゃも権兵衛も参ることでしょう。
いざ逃げる事と相成れば、私を権兵衛が背負います。その時、宣振が頼りです」
「はっ。畏まりました」
敵の砲声が響く中。間も無くこちらも撃ち返し始めた。
前世に於いて、戦地で未曽有の大戦を経験したわしにとっては、長閑なほどに間延びした大砲の音。
しかし、表通りは砲声に叩き起こされた人々の喧騒で騒然とし始めていた。
「戦です。姫様至急ご避難を」
あちゃと権兵衛が駆け付けて来たのはこの時である。
あちゃは薙刀を手に、雑な縛りのたすき掛け。スエは気丈に出刃を手に。
権兵衛は押っ取り刀。鞘ごと左手に引っ掴んで遣って来た。
「落ち着きなさい!」
一喝すると、わしは現状把握を命じる。
「宣振。物見を命じます。浜に参って把握しなさい」
「は!」
戦と言っても、今は大砲の撃ち合い。弾はここまでは飛んで来ない。
護衛は権兵衛だけでも十分だから、宣振は急ぎ浜へと向かう。
「スエは糒と味噌と梅干しと水筒の用意を」
「はい」
「あちゃは私の袴を出して下さい」
「畏まって御座います」
「権兵衛は、私の着替えが得終わり次第、付いて来なさい」
「姫様。どちらへ」
とあちゃは訊いた。
「宣振が戻るまで門を出ません。門の内より流言が飛ばぬよう押えます」
暫くして、袴を着けた私が権兵衛を伴って私の屋敷の門に近付くと、人々が不安げに屯しているのが見えた。
身一つで表に出て来た者。大八車に家財を乗っけて引っ張っている者。病人や足腰の悪い老人を戸板に載せて運び出そうとしている者。
そんな連中にわしは大声で、宣った。
「落ち着きなさい。弾はここまでは飛んで来ません」
私の外見は、僅か数えで十歳の子供。しかも女である。
中には、
「こん餓鬼ゃあ! 何を生意……」
苛ついているあまり、怒鳴り付けた血の気の多い男も居たが、私の出で立ちを見て、
「ひゃあ! お、おおお、お許しくだせぇ!」
ボーリングのピンを倒すように土下座した。
その男だけでは無い。辺りの町人が彼に倣い、武家の者もその場に控えた。
そう。わしが袴を着けられる身分だと理解したからだ。
「相手はたかが船一隻。乗せる人数も限られます。仮令大砲でお城を壊すことが出来たとしても、兵を町家まで進めて来ることはありません」
旧式と言ってもこちらには、銃も大砲もある。銃火器を持つ相手には、前世のアメリカ軍でさえ地上戦を行えば犠牲は免れないのだ。
加えてこちらがホームグランドである以上、拠るべき地物も兵の数も利はこちらの方にある。
ならば上陸したとしても町家を略奪する余裕などなく、恐らく手が届く範囲でこちらの大砲を壊すなどに留めるはずだ。
「まだ慌てる事はありません。慌てては却って怪我をします。
別に今、火が迫っている訳でも、津波が押し寄せて来る訳でもありません。
一度家に戻って荷物を纏めなさい。着の身着のままでは、今日の内に難渋することでしょう」
数えの十のわしに一喝されて、内心はかなり業腹かも知れない。
しかし、それを口に出来ないのが身分の違いと言うものだ。
こうして、身分の上下で押し切りはしたが。こうしている間にも少しずつ、町家の人々の頭から逆上せた血が降りて来たようだ。
夜のシーンを削った方が良いと言うメッセージを、数人の方から頂きました。
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