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鬼一は蒙にして

鬼一(きいち)(もう)にして


鬼一法眼(きいちほうげん)殿の口上、承りましょう」


 角兵衛獅子の少年はわしが求めると直ぐ様、


「あー。聞かれちゃったかぁ。天狗のおっちゃんは聞かれなかったらそのまま帰って来いって言ってたんだけどなぁ」


 と、ぶっちゃけた。



「手紙の内容は助かりますが。先の短筒(たんづつ)進呈と言い今回の事と言い、天狗殿の意図が見えません。

 捨て置いて後で臍を噛むのも御免でございまするが、頼まれても居らぬのに犬馬の労を取るのも心外にございます。

 私は江家の(むすめ)にて、大樹公(たいじゅこう)様の別式女並(べっしきめなみ)

 そして三星(さんじょう)一文字流(いちもんじりゅう)の師範にて、大樹公様御親兵(ごしんぺい)候補の指南役にございます。

 天狗はいずれの私に、何を求めているのですか?」


 すると少年は、


「すげーやおっちゃん。今のはまんま、天狗のおっちゃんが言ってた通りだ」


 興奮気味に声を上げた。

 鞍馬山の天狗は、こちらの反応を想定していたのか。



「どれでございますか?」


 とわしが訊ねると少年は、


「おっちゃんは言ってたよ。


 ――――

 手弱女(たおやめ)ながら太刀()きて、英雄洞春公(どうしゅんこう)の名をばくたさじと弓()る一個の武士(もののふ)(こいねが)う。


 水府(すいふ)孺子(じゅし)回天(かいてん)の大事を(もてあそび)びて時を知らず。

 されば(いま)(やじり)を頂かぬ南山の竹。

 よし犀革(さいかく)を通すとも、如何いかでか(いわお)に立つことを得ん。


 嗚呼(ああ)鬼一(きいち)(もう)にして、徳は三歳(みとせ)義卿君(ぎけいくん)にも及ばざりけるにや。


 もし水府(すいふ)孺子(じゅし)の義の無き(もう)を止めざれば、

 (とが)は義卿君に留まらず、御尊家(ごそんけ)の上にも振り掛からん。

 ――――


 だってさ」



 論語を引用して喩えているから判り難いが、意訳すればこう言う事だ。


――――

 女だてらに藩祖の名を穢さぬ様、武で身を立てようとする者にお願いする。


 水戸の小僧っ子共は、天下を引っ繰り返すような大仕事を玩具にしていて時節を弁えて居ない。

 だからまだ未熟で準備も足りて居ない。このままでは反乱を起こす事は出来ても、どうして天下を覆すことなど出来るだろうか。


 ああ私は未熟者で、指導力は幼き頃の義卿先生にも及ばなかったのであろう。


 もしも水戸の若者の、大義名分の無い決起を止める事が出来なければ、

 その責任は、思想的指導者と見做されている義卿先生に留まらせず、江家(こうけ)の上にも振り掛かって来ることだろう。

――――


 鞍馬の天狗は、水戸の跳ねっ返り共の手綱を取れて居らず、わしに助力を求めて来たのか。



「判りました。手を貸しても宜しゅうございます。何を成せば良いのでございますか」


 わしの返事に角兵衛獅子の少年は言った。


「天狗のおっちゃんの頼みで少し調べてあるんだ。おいらみたいな門付け商売は、どこへだって怪しまれずに入り込めるからね」


「何処へ参るのでございますか?」


「ご内府から離れるけど、上野(こうずけ)の宿場町さ。

 そこに富士川の川並(かわなみ)を仕切る安五郎(やすごろう)って島帰りの親分が逗留してて、小天狗達が盛んに(そそのか)しているのさ」


 少年の言う小天狗は勤皇の賊の連中を指す事は明白だった。


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