申請許可
●申請許可
文長六年七月七日。前世ならば小野訓導の祥月命日だ。
ご府中を駆ける柿渋染の集団は、すっかりお馴染みになっていた。
「一糸乱れぬ動き、見事なり。よって稽古の為、ゲベール三十挺を登茂恵に預ける。
合わせて煙硝三樽・鉛百貫を下げ渡し、上様の格別のお計らいによってご府中にての鉄砲稽古を許す。
奉公せよ」
只の分列行進と、二人一組の行動が出来るようになっただけに過ぎぬのに。
大樹公様の上覧にて、彦根中将様より過分のお褒めを頂いた。
収穫はゲベールの貸与と訓練の為の鉄砲使用の許可だ。
つまり、ここまで使えるならば鉄砲撃ちの訓練に入れと言う事である。
「登茂恵、大儀であった。何か望む物はあるか?」
「はい。二つございます」
「申せ」
「一つは、ゲベールに手を加えることをお許し下さいませ」
「なぜだ?」
「刀の鍔を取り替え、弓矢の弭を削り弦を張り直す如く。使い易きよう弄ります」
「相判った。今一つは」
「されば」
とわしは断って、
「槍も刀も弓矢も。掛矢も熊手も薙刀も。凡そ戦道具たる物は一朝事ある時に使う事が能わずば、無益な物にございます」
と前振りをした。
「もしも、鉄砲にて上様やご重臣の方々を害し奉らんとする賊の現れし時は、お護り仕らんが為、いずことなりも推参致し、鉄砲を用いる事をお許し下されば幸いにございます」
一気に流したわしの願いに、
「待て! それは軽々にお許し頂くことは出来ぬ話だぞ」
横から彦根中将様が難色を示した。
確かに天下の宰相として、大樹公家の執権として。小なりと雖も迂闊に軍権を渡せぬのは判る。
「必要なのか?」
大樹公様が問う。
「はい。例えばご重臣方の登城にございまする」
「聞こう。詳しく話せ」
彦根中将様は手で、何か言い掛けた他の重臣方を制して許可した。
「異人の来航せしよりこの方。国の金銀が外国流れ出ました。
結果、近年頓に物価が上がり、日銭を稼ぐ町民はまだしも家禄にて活計する武士の困窮甚だしくございまする」
しーんと静まる謁見の間。
「武を持つ者が食い詰める。臣登茂恵は、これを三代様の御代にあったお取り潰しによる世の不穏にも似た国の様かと惧れ仕りまする。
斯かるご時世。かつて食い詰め者の浪人を束ねし、由井民部之助橘正雪の如き輩が現れぬと誰が申せましょう」
ざわつく辺り。わしは二呼吸置いて先を続ける。
「昨今は倹約を旨とするご家中が多い為、供の大半を口入屋を通じて禄要らずの一時雇いのお中間で賄っている由。
斯様な者ではいざ賊に襲われし時、いかほど役に立ちましょう。安物には安物の値しかございませぬ。
御恩奉公は武家の倣いなれば、仮令命働きをしても子弟が取り立てられる筈もなき者に、どうして譜代並みの忠義を期待することは出来ましょうか?
恐らく一人として剣執る者はありますまい。一時雇いの者など、ご府中のお屋敷にご主君一大事とご注進でも致せば、天晴れなりと褒めて取らして良いくらいにございます」
変事を報せ、援けを呼ぶだけでも奇特な事だとわしは断じる。
「決して濫りには放ちませぬ。
不吉な話で申し訳ございませぬが、ゲベールを預かる以上、斯様な変事に出くわして、後日鉄砲を撃つことが出来たら可惜……と臍を噛みたくはございませぬ」
そうわしが言い切った時。
「ゲベールは隠さず持たばそれで良し。
放つは非常の際のみ差し許す。事後は、神妙に裁きを待て」
彦根中将様が言った。
それは事実上、大樹公家がわしの願いを承認をした瞬間でもあった。





