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大看板

●大看板


「かっかっかっ」


 豪快に笑う偉丈夫は、願航(がんこう)殿。


「はわぁ~。登茂恵(ともえ)様のお知り合いでしたか」


 ほっとした顔でへなへな腰砕けになる摩耶(まや)殿。



「相変らずの息災であるか」


「お陰様にて」


「居場所が無ければ創って遣ると申したが、流石は八幡大菩薩のご加護(あつ)き姫である。

 拙者が出張らずとも、早くも姫は居場所を見つけられたか? 重畳重畳」


 わしと願航殿の会話に、


「もし、その看板は……」


 と横から恐る恐る摩耶殿が尋ねた。すると願航殿は、


「ああ。これか? そこの姫がここの道場の世話になると聞いてな。祝いに格好の良い板を持って参ったのよ。

 何せ、破軍流の貧乏はご府中でも評判だったのでな。道場主には悪いが、ちと弱過ぎであるぞ。

 いったい何枚看板を分捕られたのであるか?」


「うう~」


 思わず摩耶殿が咽び泣く様な言い難い事を、実にあっさりと言ってのけた。



 しかし、(けやき)であろうか? 実に立派な看板板だ。


「拙者が今書き入れるでな。古びたまな板なんぞ取っ払って、これに付け替えてくれ」


 確かにわしも、似たような感想を持ってはいたが、


「願航殿。余りにも露わ過ぎませぬか?」


「かっかっか。褒めずとも、これが拙者のあるべきようはである」


「褒めておりませぬ」



 そうだ。この御仁はこう言うお人であったな。

 あ。俯いた摩耶殿の周りが、急に暗くなって行くような……。



「うっうー。うっうー。ううー」


 奇妙な声を上げて泣く摩耶殿。


女子(おなご)を悲嘆に()かせても、なお言うべきでございまするか?」


「事実であろう」


 願航殿は身も蓋も無い。



 もう、梅雨に掛った蒸す時期と言うのに。ひんやりと感じられる奥座敷。


「どうせ……どうせ……。うっうー」


「現実を見よ! か弱き道場の看板が奪われるは必定(ひつじょう)である!」


 願航殿は神道破軍流の道場に極札(きめふだ)を突き付けて引導を渡す。

 そして続ける願航殿は、


「であるが。姫の御座(おわ)す限り心配は無用。剣ではなく剣付鉄砲の術で試合すれば、勝つも優劣決し難いのである。

 ここで舌刀を以て宥めれば、破れて遺恨を持つのは恥を知る身には出来ぬ事。堂々と打ち負かして労ってやるが宜しい」


 と、わしが勝つこと前提に、道場破り対策を伝授する。



「もし、不逞の輩が参った場合は如何します?」


「姫が無頼の輩に敗けるとも思えぬ。(まかり)り越さば存分に躾してやり、手向かう気にも成らぬよう()(ひし)ぎ為さるが良いのである」


「相手が身分ある者の場合は?」


「遠慮せず打ち負かされるが宜しい。その時は大樹公の下文(くだしぶみ)が威を振うことであろうよ」


「私が勝つことが前提の様ですが……」


「かっかっかっ。大樹公直々のお声掛りで一流を立てたのであろう。負けてどうする」


 確かに、下手な奴に負ける気はしない。剣術ならまだしも、本来ならばこの世にまだない銃剣術ならば。



「それで今日は……」


 とわしが訊ねると、


「別れの挨拶に参ったのである」


 願航殿は淡々と告げた。



「実は拙者は泉州(せんしゅう)(さかい)に道場を構えておるのであるが、

 今日まで、ご府中の知り合いに頼まれて道場の立ち上げを手伝っておったのである。

 知っての通りここはやたらと町道場が多いのでな。軌道に乗るまで詰めておったのである。

 本日、姫が一流を立てたと聞き。ご府中を辞すにあたり挨拶かたがた看板を持参したのである。

 流派は何と名付けなされた? 今この場にて揮毫(きごう)致そう」


 そう言って真っ(さら)な欅の板を畳の上に横たえたので、わしは(かね)てより思案していた名を告げた。


やわら・銃剣・鉄砲の三術を束ねて一流を成す故。また実家の御紋に(ちな)みまして。

 当流を三星(さんじょう)一文字(いちもんじ)流と名付けます」


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