軍の骨幹2
●軍の骨幹2
「されど。汽船が馳せて世界を縮め、風船を上げて翼を添えんとする今日。
新しきものを採りて使いこなさねばなりませぬ」
わしは、すでに世は変わりつつある。蒸気船が世界を縮め、気球と言う物が発明されて人に翼を与えているのだ。新しい技術を敵だけに使わせてはいけないと断言する。
「兼好法師は『いずれの事にも先達はあらまほしき事なり』と申されました。
されど道無き道を踏み越え行く時。後生正に畏るべし。知らぬを知りたる蒙さこそ一番の武器。
なんとなれば。赤子の乳を乞う如くひまわりの日をば恋う如く、乳を吸いて育ち日を受けて生るからにございます」
つまり、兼好法師は道案人が欲しいものだと言ったが、ここから先は誰も経験した事のない道だ。
過去の経験に基づいて振舞う年寄りよりも、自分が未熟者だと知って居る若者の方が役に立つ。
なぜならば。若いからこそ貪欲に新しい物を吸収して使いこなしてくれるからだ。
と、わしは述べた。そして、
「されば、急ぎ鉄砲・火砲を買い漁るは下策。そも外国の商人は骨董屋のようなもの。目利きできずば必ずやガラクタを掴ませまする」
慌てて兵器を買い付けても、外国商人は儲けしか考えて居ないから、目利きできない人間にはガラクタを掴ませようとするだろう。
とわしは警告する。
「では如何にせよと申すのだ?」
大樹公様の御下問にわしは、
「先ずは富国強兵を掲げ、春台太宰先生の『樹を植える翁』の例の如く。先々を見据えご子弟を育むことが肝要かと存じ上げます。
皆が学びて端武者は物頭が務まる如く、物頭は大将が務まる如く非ざれば。外国の如く大将斃れれば次将、次将斃れればその次と戦う事は叶いませぬ」
と高名な儒学者の書いた書物の内容を持ち出して。
学の無い庶民の老い先短い老人でも子供の代・孫の代を考えて樹を植える見識があるのに、まさかお歴々の見識が彼より劣る筈が無い。だから百年の計を考えるのならば、先に人を育てるべき。
兵が下士官が務まる様に、下士官は将校が務まる様に教育し無かったら、序列に従って指揮を受け継ぐ外国の兵には敵いません。
そうわしは結んだ。
「うむ。道理ではあるな」
今の所顔を潰す真似はしていないせいもあって、彦根中将様にも異論はない。
お歴々の顔色を伺うと、特に反感を買っては居ないようだ。
こうしてわしが包み隠さず存念を述べると、大樹公様は仰られた。
「論は良い。もし登茂恵に任せたら、成す事は叶うか?」
具体案を示せとは尤もな事。
「私は将に将たる大将には成れませぬ。しかし今より四月から半年も頂ければ、十から五十の兵士をして小隊と成し、戦働きの叶う様に致して見せましょう」
前世でわしが実際に成したのはこの辺り。小隊の教練だ。この程度ならば、今すぐにでもやれる自信がある。
「五十か……」
扱う規模の小ささに笑う重臣方。
「いえいえ。これは軍の骨幹なれども基に過ぎず、手習いで申さば未だイロハにございます。
この後、寺子屋の師匠が往来物や千文字を教えるように続きがございます」
そう断ったわしは、
「更に一月半から二月程を積み増しするならば。先の隊を四つ合わせ中隊と成し、互いに援け敵に当たることが出来るように致します。ご下命とあれば、ここまでは確実に仕立てて見せまする。
更に一月半から二月程を積み増せば、中隊を二つから六つ合わせて大隊、すなわち列士満が出来上がります」
小規模の部隊から積み上げて行く手順を述べる。
尤もこちらは、前世のわしも教練される側でしか経験が無いがな。
「登茂恵。どこまでの兵ならば使える」
大樹公様の続く下問にわしは思案する。
教練は兎も角、分隊指揮の経験は山と積み、小隊指揮も引けは取らぬ。
中隊なら上官戦死による引継ぎ経験もあるからなんとか務まると思う。
まあこの時代なら、分隊で独立行動を要求される前世のわしの軍隊時代と異なり、中隊規模でも右へ開けの散兵戦でなんとかなるだろうから、大隊でも遣り様はあるだろう。
「ただ率いるのでしたら大隊までは適いましょう。されど、私が存分に奮えるのは小隊規模。五十人と言った所でございましょうか」
「真であるな。確と覚え置くぞ」
大樹公様はわしに念を押された。





