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一炊の夢

挿絵(By みてみん)

●一炊の夢


 臨終とは苦しいものだ。

 向かい来る死に、心臓が最後の抵抗を試みて釣瓶打ちに大砲を撃つ。

 その焼け付いた砲身の熱が、わしの躰を焼いて行く。


 辺りが暗くなり、わしを呼ぶ声が遠くに聞こえる。

 枕元に集まった孫達の泣く声が遠い。


 泣くな。お前らは孫と言っても、もう還暦に近いのだぞ。五十路を過ぎて子供のように泣くでない。

 しかし悪い気はしない。こうして逝くのも悪くない。

 孫達の声が遠く消え去って行く。



 大往生だった。


 大正の御代に生を受けたわしは、動乱の時代の只中を生きた。

 まだ親父の代なら赤貧の家に生まれても、鹿児島生まれは西郷先生の余慶を()け立身出世出来たものだ。しかし権兵衛さんが宰相をしていた時、海軍の珍品騒動が止めと為って薩長閥の時代は終わった。


 そんな中。十日に一度、身欠きニシン一欠けも食卓に上がれば手を打って喜ぶ。そんな貧農のおんじが身を立てようと、中学講義録を取り恩給を質に自分の田畑を持とうと下士志願した。


 折悪しく、未曽有(みぞう)大戦(おおいくさ)を命辛々生き延びて復員。

 その後もまるでジェットコースター。闇市・復興、そして万博と二つのオリンピックに象徴される高度経済成長時代。

 オイルショックにバブル経済。そしてその崩壊。

 小学校に上がった子が中学に上がる暇も無く、目まぐるしく時代は変わって行った。


 昭和はいつしか平成と為り、明治以来初めてとなる上皇様の誕生を病院のベッドのテレビで視た。

 わしは、一人で二世(にせ)三世(さんぜ)生きた。そしてまあ満足して百を越える春秋(しゅんじゅう)を終えた。




 ん、おや? 焼ける躰と苦しい息。お迎えはまだだったか。


「姫様! 良かった。姫様が意識をお戻しに為られました」


 聞き覚えの無い男の声。

 誰だこいつは? 開く目蓋のその向こうに 坊主頭の男の顔。


「安心なさいまし。はしかは命定めなれど、快癒すればあちゃの如き痕は残りませぬ」

 あばたが目立つ女性がわしを覗き込む。和服に掛かる黒髪からは、つーんと椿の匂いがした。


「今は?」


 わしの口から出る声は、キンキン響く幼声。


「八つにございます」


「今は!」


「四月八日にございます」


「いや。今は何年じゃ?」


文長(ぶんちょう)六年にございますが……」


 文長とは聞いた事のない元号だ。


「文長の前は!」

「て、天久てんきゅうにございます」


 剣幕に、慌てて答える女。天久、こちらも聞いた事も無い。



 気が付くと、わしは女になって居た。姫と呼ばれたが、自分を指してあちゃと言う乳母らしき女の姿を見るに、わしは武家の娘のようだ。

 (よわい)十にしてはしかに罹り、生死の境を彷徨っていたのだと言う。


 邯鄲の夢と言うものがある。とある書生が粟の炊ける僅かの時間に、立身出世して往生を遂げるまでの夢を見ていたと言うものだ。

 あの百年を超える生涯は何であったのだろう?

 刀剣にやたらと詳しいひ孫の一人が、ゲームの話で時間遡行軍がどうのこうの言っておったが、あるいはその類か?

 わしには、いい歳をして漫画ばかり読んでいる四十男の孫もおったが。あいつの話す異世界転生と言うものなのか?

 ともあれ。終ぞ聞かぬ天久という元号。もしも夢が真であったなら、違う世界に生まれ変わったものであろうな。


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表紙絵
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