第九十六話 お隣さんの出迎え
それから色々話していると、喉が渇いたということで飲み物を買いに行くことになった。
片桐だけは自分の飲み物があるということで病室に残った。
片桐は自分の飲み物を鞄から出しながら聞いてくる。
「天ヶ瀬は前から知ってたのか?」
「何がだ?」
「神代さんが演じてたことについて」
「まぁそうだな。俺も偶然知ったって感じだけどな」
「そうだったのか?」
「ああ、まぁお前に屋上に呼び出されたときには知ってたけどな」
俺がそう言うと、どこか納得した様子で飲み物を飲む。
俺はまさかと思って片桐に聞いた。
「お前もしかして……まだ神代のこと好きなのか?」
「ん? そんなことはないよ」
「じゃあ、どうしてそんなことを聞いてくるんだ?」
片桐は少し考えた後に答える。
「今になってわかることなんだけど、あの時からなんか神代さんが天ヶ瀬に心を許してる感じがしてさ。まぁ前から知ってるなら納得かなって」
和奏の奴、あの時からそんな感じだったか?
俺は片桐の言葉を少し不思議に思いながらも考える。
すると、飲み物を買いに行った四人が戻ってきた。
「天ヶ瀬君の分も買ってきました。冷蔵庫に入れておきますね」
「ああ。いつも助かる」
和奏がいつものように冷蔵庫に飲み物を入れてくれる。
その様子を見て、他の奴らが何やらにやにやしていた。
「仲がよろしいですね。お二人とも」
「へ?」
「一之瀬先輩もそう思いましたか!? いやーやっぱり自分のことを守ってくれた人には対応も変わるんですかね!」
「それはもちろんそうだと思いますよ」
一之瀬と速水は二人で楽しそうに話し、和奏は恥ずかしそうに冷蔵庫を閉じた。
和奏が冷蔵庫を閉じた後、すぐに幸太が質問してくる。
「そういえば神代さんが攫われた時って、修司も一緒にいたんだろ? それって神代さんと一緒に帰ってたってことか? あれ、でも修司って通いだから遠回りだよな?」
「あーまぁそれはそうだな」
「神代さんはわざわざ送ってもらってたのか?」
「えっと、その、あれは……」
言い淀んでいる和奏は助けを求めるように俺のほうを見た。
俺は何か言い訳を考えようとするが、そもそも和奏が困るだろうと思って言わなかったのが理由であるため、もういいんじゃないかと思った。
「いいんじゃないか、そのまま話して」
「え? でも……」
「俺が言わなかったのも、ばれる可能性が上がるのをお前が嫌がるだろう思ったからだしな。もう全部話したんだから、それも変わらないだろ」
「それなら」
和奏は四人に一人暮らしをしていることと、隣の住人が俺であることを話した。
「なんですかそれ! 先輩達、まるでアニメやドラマじゃないですか!」
「あーそれで神代さんが演技してることを知ったのか」
「なんでそんな大事なことを俺に言わないんだよ修司!?」
「つまり遊びに行った帰りに本屋に寄ると言って、私達と同じ駅で降りたのもそういうことだからですね!」
各々が一斉に違う反応をしている。
あー……やっぱり話したの失敗だったか。
幸太が色々と言ってくるのを聞き流しながら、一之瀬と速水に質問攻めに合っている和奏を横目にそんなことを思う。
和奏は質問攻めにされて困っている様子に見えるが、どこか楽しそうにも見えた。
まぁこれはこれでよかったのかもな。
「おい修司~!?」
「うるせぇぞ」
「なんで!?」
俺達はそのまま事件の話など忘れて、一人暮らしの話題で盛り上がった。
その後、和奏以外はまたお見舞いに来ると言って全員が帰って行った。
「受け入れてくれて、よかったな」
「うん!」
和奏が本当に嬉しそうに笑ったので、俺もその笑顔を見て嬉しくなった。
「これも修司がいてくれたからだと思う。ありがとう」
「俺はあくまでもきっかけってだけだ。話すって動いたのはお前だ」
俺がそう言っても和奏は首を横に振った。
「信頼している人が……修司が側にいたから話せた。だから、ありがとう」
和奏の目は少し潤んだ感じで見てきたため、俺は少し照れてしまって顔を背けてしまう。
あーもう! なんでこういう時に気の利いた言葉の一つも言えねぇんだ俺!
照れる気持ちをなんとか抑え込んで、もう一度和奏のほうを見る。
和奏は不思議そうに頭を傾げていた。
「……飯」
「ん?」
「俺が退院したら、和奏が飯を作ってくれ……今回のお礼ってことで」
あー違う違う! そうじゃねぇだろ! てか、この言葉って俺から言うことじゃねぇだろ!
テンパって頭の中がグチャグチャになっている俺とは裏腹に、和奏は嬉しそうに笑った。
「わかった! 楽しみにしててね!」
和奏は満面の笑みで返してきた。
そんな和奏から顔を背けて、おうという一言しか返せなかった。
あれから二週間半後、俺は普段通り生活できるくらいまで回復したため、退院することとなった。
退院するとき、母親と父親が荷物を受け取りに来た。
「荷物はこれで全部か」
「それで全部かな」
「それじゃいきましょうか」
俺達は看護師さん達や担当医師にお礼を言って病院を出る。
父さんが車を近くまで寄せると言って、車を取りに行った。
「結局沙希ちゃんは来なかったのね」
「まぁそう簡単に関係が回復してたら、もう修復してると思う」
結局俺が目を覚ましてから、沙希が見舞いにくることはなかった。
でも俺が眠ってる間に何回か来てくれていたということは、いつかお互いにしっかりと話せる時があるかもしれないと思った。
そんなこと考えていると、父さんが近くまで車を寄せてきた。
そのまま荷物を乗せて、車に乗るとすぐに走り始めた。
「帰ったらまずは掃除か……」
俺がポツリとそんなことを呟くと、母さんが何やら楽しそうに笑った。
「なんで笑ってるの?」
「なんでもないわよ~」
母さんは話す気がないのか、それ以上何も言わない。
俺は不思議に思いながらも、仕方がないので外の景色を見ていた。
そういえば、退院するのに和奏は来なかったな……。
そんなことを思いながら、景色を見ていれば家に着いた。
父さんが車から荷物を降ろして、俺に渡してくれる。
「上まで持って行った方がいいか?」
「キャリーバッグだし、エレベーターもあるから大丈夫だよ」
「そうか」
そのまま二人が乗った車を見送った後、エレベーターに乗って自分の部屋の前に着いた。
ポケットから鍵を出して、差し込んで回そうとするが、すでに空いているのか回らない。
もしかして空き巣か?
俺は恐る恐る扉を開けた。
「え?」
すると、そこにはエプロン姿の和奏が立っていた。
俺は驚いて言葉が出なくなる。
「なんで……」
「沙奈さんに掃除する許可をもらって、前から合鍵を持ってたの」
だから笑ってたのかあの人……。
俺は母さんの笑いを理解して呆れてしまう。
和奏はそんな俺の様子なんか気にせず、急に大きな声を出した。
「そんなことよりも!」
「なっ、なんだ?」
俺は急に声をかけられて、少し息を飲む。
和奏は少しだけ間を空けると、優しく笑いながら言う。
「おかえりなさい」
和奏のその言葉に聞いて、ようやくいつもの日常に帰ってきたんだと思う。
俺は少し照れつつ、頬を掻きながら答えた。
「ただいま」