第九十五話 変わらない思い
次の日、幸太と一之瀬は予定時間よりも少し早めに来てくれた。
「わざわざすまんな」
「いやいや、そりゃくるだろ!」
「はい。とりあえず神代さんからしばらく入院すると聞きましたので、お見舞いの品にタオルなど持ってきました」
「ありがとう」
「速水さんは片桐君と一緒に来ると言っていました」
「来る前に会ったのか?」
「はい。お見舞いの品を一緒に選んでもらっていたので」
そのまま二人は入り口側の椅子に座って、和奏は窓側の椅子に移動した。
座ると、すぐに幸太が聞いてきた。
「いつから入院してるんだ?」
「五日前くらいからか?」
和奏にあってるかどうか確認すると、和奏が頷いてくれた。
その様子を見ていた一之瀬が神代に聞いてくる。
「神代さんは天ヶ瀬君が入院したことをすぐに知ったんですか?」
「はい。それから三日間目を覚まさなかったので、天ヶ瀬君の親御さんのお手伝いをしていて連絡するのが遅れました。すみません」
和奏は二人に向かって、申し訳ないと思ったのか頭を下げて謝った。
二人は驚いた顔をして慌てる。
「お前、三日間も眠ったままだったのか!?」
「かなり危険な状態だったんですね……」
「ああ。何があったか気になると思うけど、悪いが詳しい話は片桐達が来てから話したい」
二人は戸惑いつつも、頷いて了承してくれた。
その後、退院したら今まで通り日常生活を送れるかなど、色々と二人から聞かれた。
特に問題ないらしいことを俺が伝えると、二人は安心していた。
それから二人は気を使ってくれて、休み中の出来事などを話してくれる。
だらだらと話をしていると、予定時間に近付いていた。
すると、病室をノックする音が鳴った。
「失礼しまーす」
病室の扉が開くと、速水と片桐が心配そうに顔を出してきた。
俺がベッドに寝てるのを見ると、二人とも驚いた。
「……神代先輩の話、マジだったんですね」
「こんな冗談言うかよ」
「あはは……すみません」
速水が申し訳なさそうに笑うと、片桐が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫なのか?」
「まぁ……なんとか生きてるぜ」
俺がそう返すと、片桐は安心したようでほっとしていた。
それから和奏が二人に椅子を差し出す。
部屋の椅子は全部で四つであったため、和奏は立っていた。
「全員揃ったから詳しい話をしようと思うんだが……何処から話すか」
俺が何から話すべきなのか悩んでいると、和奏が真剣な表情で俺に言う。
「天ヶ瀬君、私に話させてください」
和奏の目には緊張しているものもあるが、譲らないという思いを感じた。
「……わかった」
それから和奏が事情を説明し始める。
まず始めに、ここ最近ニュースになっている事件に巻き込まれたということと、その時に俺が刺されて入院することなったこと。
そして次に、あの事件の主犯である倉澄と俺達の関係性と、どうして巻き込まれることになったか話をした。
巻き込まれることになった経緯については、和奏の過去を含めて全て話した。
「……以上の話が今回の全てになります。今まで皆さんを騙していて本当にすみません」
和奏はそう言って、全員に向かって頭を下げる。
和奏の話が終わった後、俺は四人の様子を見ていた。
片桐と速水は驚いているのか和奏のほうを見ながら固まっているが、幸太と一之瀬は不思議そうにお互い顏を見合わせていた。
それから一之瀬が和奏を向いて話しかける。
「神代さん、頭を上げてください」
「……はい」
一之瀬に言われた通り、和奏は頭を上げる。
頭を上げた和奏は返ってくる反応が不安だったのか、少し怖がっている様子だった。
そんな和奏とは対照的に、一之瀬は優しそうな顔で和奏に聞く。
「自分を偽って接することは、そんなにも悪いことなんでしょうか?」
「……え?」
一之瀬から想像していなかった言葉が出てきて、幸太以外の全員が驚いていた。
そのまま一之瀬の言葉は続く。
「速水さんは知らないかと思いますが、神代さんが黒嶺さんのように偽って私達に何かしようとしてきたのなら、その謝罪もわかります。ですが、話を聞いた限りでは悪意なんてどこにもなく、ただ自分を守る為に演じていただけですよね?」
「……はい」
「大げさな話かもしれないですけど、それは世の中のほとんどの人がやっていることです。好きな人に好かれたいという思いで、自分を良く見せようとする男も女も。アルバイト先で円滑に仕事を進めるために、人の良い性格を演じる人だって。私だってそうです。短気なところがあるので、それを抑える為に敬語で生活しているんですから」
「それは……そうかもしれないですけど」
「それにです。あなたが偽っていたからと言って、ここにいる人達はその程度で離れていくような人ではありません。私や幸君なんて、そんなの気にならないくらいの恩が神代さんにあるんですから」
そう言って四人とも思いは同じなのか、皆優しく微笑みながら和奏のほうを見ていた。
和奏はそんな皆を見て、目頭に涙が溜まって泣きそうなりながら、
「ありがとう」
その一言を伝えた。
それから、すぐに一之瀬が何かを思い出したかのように言う。
「あっ。でも片桐君だけは神代さんの性格で被害に遭われているので、複雑な気持ちですかね?」
「ちょっ! この状況でなんてこと!」
「俺も修司も大して何もないし、速水さんなんか後輩だから、むしろよくしてもらってたんじゃない?」
「そうですね~。生徒会の仕事でお世話になってるので、特に何もないで……あっ!」
速水は何か思い出したように声をあげた。
「ありましたありました! 一馬先輩の心が奪われました!」
「それはむしろ神代が性格を偽ってくれてて、よかったことじゃないか?」
「……あれ?」
そんな速水の言葉に皆が笑っていると、和奏もいつの間にか笑っていた。