第九十三話 会長の話と呼び方
俺は頭を下げた会長を見ながら言う。
「頭を上げてくれ」
俺がそう言うと会長は頭を上げてくれた。
「この事を神代に言うつもりはあるのか?」
「いいえ、わかちゃんには今まで通り生活してもらいたいと思っているので。それに本来であれば、天ヶ瀬君にも伝えるつもりはありませんでしたから」
なるほどな……東堂さんが俺と最初に出会った時に、協力者の名前を知らないと言ったのは会長の指示か。
俺が少し考えている間も、まるで俺の許しを待つかのように会長は立ったままでいた。
俺はその様子を見て、ため息をつく。
「東堂さんに謝られた時と同じようなことを言うが……会長が裏で色々と動いてくれたから、神代は助かったんだ。俺がお礼を言わなければいけない立場であって、謝られる立場じゃない」
「ですが……」
「それに、東堂さんには言わなかったが、神代を助けようとあの場に向かったのも、庇って刺されたのも俺の意志だ。俺があいつのことを助けたいと思って行動したこと。東堂さん達のせいだなんて思ってはいないし、会長のせいとも思わない」
「……」
「だから……まぁなんていうか。俺が刺されたっていうアクシデントはあったけど、お互いに神代のことを無事に守れて良かったって喜ぼう」
俺が話し終えると、会長は目を丸くしたまま驚いていた。
それから会長は優しく笑みを浮かべて小さく呟いた。
「あなたは本当にあの子のお父さん……和志さんによく似てますね」
会長の口から想像していない人の名前が出てきた。
「神代の父親に?」
「はい。まぁ、あの人と違ってコミュ障のところがありますが、天ヶ瀬君の優しさはあの人と近いものがあります」
会長にそう言われた俺は、寝ている間に見ていた夢を少し思い出した。
和奏の父親と似ている……まさかな……。
俺は可能性の薄いことを思ったが、すぐに思い直して会長の心外な言葉に意識を切り替えた。
「おい……コミュ障って」
「違うのですか?」
「普通にコミュニケーションは取ってるだろ」
「目立たず、人と関わらないようにしている人が何言っているのでしょうか」
「うっ……」
俺は会長の言葉に何も言い返せなくなった。
そんな俺の様子を見て、前に生徒会室で勉強会を開いた時のように会長が楽しそうに笑う。
その表情は会長の思い詰めたような気配は消えていた。
それから俺は会長から倉澄の情報を手に入れていた方法や、和奏の写真が広がるのを防いだ方法などを聞いた。
「何かあってもいいように簡易的な遠隔アプリを入れてもらったので、それからデータを抜き出していました。大学のほうも同じですね」
「そんなもん作れたのかあんた。いや入れてもらったってどうやって……」
「よくあるデマアプリですよ。それを少しずつ彼女の高校で流行らせてもらいました。大学のほうはヤスさんに大学生として潜ってもらって」
「ギリギリなことやってんな……」
俺はもうなんでもありな感じがして、驚きから呆れに変わっていた。
「まぁその結果、わかちゃんだけでなく彼女の被害にあった人達の情報も知ってしまいましたけど」
「……そう言えば、他に被害にあった子達はどうなったんだ?」
「本当に被害者である人達は被害者支援制度等で、これから精神的回復に努めてもらうようになるかと思います。ただ、ほとんどの人が納得して行っていたみたいです。あんな方法で稼ぐような金に目が眩んだ人達は、それ相応の法的措置がなされるかと」
「……そうか」
今回の事件は倉澄が諸悪の根源だが、自らの意志で行為を行っていた奴らもいたらしい。
これが欲望に溺れた人間の末路か……。
俺が心の中でそんなことを思うと、会長が椅子から立ち上がった。
電子時計を見ると、もうすでに零の文字が四つ並んでいる時間になっていた。
「そろそろお暇しますね」
「ああ……って、もうこんな夜中に来ないでくれ……」
「ふふ、それはどうでしょうか」
「……あんたなぁ」
「冗談ですっ」
呆れてため息が出てしまう俺を見て、会長は楽しそうにしていた。
それから会長は何か思い出したように俺に言う。
「明日か明後日、今回の件について警察から事情聴取があると思います。天ヶ瀬君は、あの現場にいた人な上に被害者なので」
「まぁそうか……東堂さん達はもうやったのか?」
「ええ。わかちゃんもあの二人も事件の日に済んでいるはずです」
「わかった」
俺が返事をすると、会長は病室を出て行こうと扉を開ける。
しかし、そのまま出て行こうとせず、こちらを振り返った。
「そう言えば、いつ伝えようか悩んでいたんですが」
「何だ?」
「わかちゃんのことを苗字で呼んでますけど、今回の件について図書室で話した時、うっかりわかちゃんのことを名前で呼んでましたよ」
「えっ……」
会長がそう言うと、俺は急に変な汗が噴き出す感覚に襲われた。
そんな俺とは裏腹に会長は嬉しそうに言う。
「言い直すのを忘れるほど、わかちゃんのことを考えていたんですね~。あっ、誰にも言わないので安心してくださいね? それでは」
そう言って会長がそのまま病室を出て行った後、俺はすぐさまライトを消して布団を被った。
それは自分でもわかるくらい、恥ずかしさで真っ赤になった顏を隠すための行動だった。