第九話 高嶺の花と下校(前編)
神代が今の状態を確認したいということで、花壇を見に行くと元通りになっていた。
おそらく、生徒会の誰かがすでに直してくれたみたいだった。
俺達は直してくれた人にお礼を言いに行くために、生徒会に戻っていた。
そこで、歩きながら気になったことを神代に聞いた。
「生徒会って何人いるんだ?」
「一年間この学校にいながら、そんなことも知らないのですか?」
「うっ……いや関わりないと思って」
「はぁ……。会長、副会長、書記、役員二名の五人構成ですよ」
「そうだったのか」
それくらいメンバーがいれば、誰かが気づいて壊れた植木鉢を交換するか。
しかし、文化祭に体育祭、その他諸々の行事の司会進行や企画だったりと、その人数だと何かと忙しそうだなと感じた。
それから、他愛もない話をしているうちに生徒会室に着いた。
神代が部屋の扉を開けるが、そこには誰もいなかった。
「基本的に誰もいないのか?」
「いいえ。今日は登校初日ということでお休みでした」
「え? じゃあなんでお前はいたんだ? あと生徒会長も」
神代は、ばつが悪そうな顔して言うのを一瞬ためらったが、一度こちらを見ると諦めた様子で答える。
「今日の出来事で、かなりストレスが溜まってしまったので発散しに来ました」
「あーあれか。イケメン君の誘いをバッサリ切り捨ててたな」
「はい。それに、いつも人目につかないように帰る時間をずらしていますから、私は何もなくてもここに来ています」
自分の正体がばれないように、誰とも会わないタイミングで帰っているのか。
確かに、神代が誰かと帰っているなんて話を聞いたこともなく、噂だとリムジンで迎えが来るとか。
一人暮らしをしているわけだから、そんなことはないのだが。
「会長はいつも誰かいないか確認しに来ます。誰かいれば、その人とお話しをしてから帰っています」
「確かに今日初めて話してみたけど、納得できるわ」
「第一印象だと、そんな人には見えないですけれど」
そんな会話をしながら生徒会室を見渡すと、会長からのメモのような物を見つけた。
【花壇の方は直しておきました。天ヶ瀬君には、わかちゃんからお礼を言っておいてください。おそらく彼は、そのことを伝えに生徒会に来たんでしょうから。
PS:天ヶ瀬君。いつでも生徒会室に遊びに来てくださいね! もっと天ヶ瀬君の趣味趣向についてお聞きしたいです♪】
あの変態め。二度とこんな場所に来ないからな。
「会長からですか? なんて書いてあったんですか?」
横から急に綺麗な金髪が視界に入ってきた。
一瞬驚いたが、メモを見られないように丸めて制服のポケットに突っ込んだ。
「ろくでもないことだから読まなくていいぞ。あと、花壇の方を直してくれたのは会長らしい」
「そうですか。でも、なんで急に見られないようにしたんですか?」
「いや、本当にろくでもないことだから気にするな」
神代は訝しそうにこちらを見ていた。
だが、俺が何も言わないだろうと察すると、諦めて帰る準備をし始めた。
「明日から憂鬱……」
神代は本来の口調で、表情もいつものような笑顔でなく心底嫌そうな顔をしていた。
「何がだ?」
「だって初日であんなことを言っちゃったじゃない。誰も私と関わろうとしてくれなそうで……」
確かに、あの後で神代に話しかける奴は誰もいなかった。
しかし、神代がいなくなった後、クラスメイトの会話を聞いていた限り、悪い印象はなかった。
むしろ、かっこいいという声や恋のライバル対象から外れた、という印象だったので問題ないような気がする。
特にかっこいいということを言っていた奴や神代のファンのような奴は、明日にでも話しかけてくるだろう。
「大丈夫じゃないか? 悪い印象を持った奴らだけじゃないと思うしな」
「そうかなぁ……」
「あんまり不安になってても、なるようにしかならんだろ。上手くいかなければ、お前なら自分でなんとかできるだろ」
「それもそうね。あんまり深く考えないようにする」
少しは不安を和らげられたようで、さっきよりも表情がマシになっている。
「ちょっと雑談が長引いちゃったけど、そろそろ帰ろ?」
「そうだ……ん? なんで一緒に帰るような話になっているんだ? お前と一緒に帰ったりなんかしたら、必ず目立ってしまうからごめんなんだが」
「そう言われればそうね……。なんで一緒に帰る前提で考えてんだろう、私……」
だからって急に考え込まれるのも、こっちとしてはどうしたらいいかわからなくなるのだが……。
「この時間なら誰とも会わないし大丈夫でしょ。他の生徒は部活とかだし、会ったとしても先生くらいじゃない?」
「見られる可能性が否定できていないぞ。二人でいるところを見られたら、それだけ注目の的になる。俺は図書室によってから帰る」
そんな俺に対して、神代は気に食わない様子でこちらを見ていた。
「そんな目で見られても……。これはお互いのためだろうよ」
「あーあ。私今日、誰かさんのせいで気絶しちゃったのになぁ」
「うっ!」
「もし途中で具合が悪くなって、最悪倒れてもおかしくないのになぁ」
「くっ!」
「それなのに一人で帰れって言うんだぁ~。へぇ~」
神代は嫌味を言いながら、ジト目でこちらを見てくる。
「……わかった……わかりましたから、勘弁してください」
俺は罪悪感にかられ、神代に何も言い返すことができなかった。
「やりぃ~。荷物持ちゲット♪」
こいつ良い性格してるわ……。
「でも、もし誰かに見つかったらどうするんだ?」
「その時は荷物持ちとか、生徒会の雑務を手伝ってもらってお礼をしてたとか。適当に理由つければいいでしょ」
後者の方はまだわからんでもないが、前者は完全に神代の召使い的存在になってませんかそれ。
「ほら! ぐずぐずしてると部活動が終わる時間になっちゃうから、早く帰ろ!」
「はいはい。わかったよ」
そうして、何故か高嶺の花と一緒に帰ることになってしまった。