第八十九話 医師の話とお見舞いの本
その後、和奏から俺が倒れてからどうなったのか説明してもらった。
すぐに警察が到着したらしく、倉澄を含めた倉庫にいた奴らは警察に取り押さえられた。
その間、和奏と西上さんは救急車が到着するまで、俺の止血をしてくれていた。
幸いにも消防署と病院が近くにあり、救急車もすぐに駆けつけて病院へ運び込まれたらしい。
それから緊急手術は成功して、なんとか一命を取り止めることができた。
医者の話によると、素早い応急処置をされてなかったら本当に危険な状態だったようだ。
更に言えば、もし刺されたところが数センチずれてたら、間に合わなかったかもしれないとも言われたらしい。
そんな説明を受けてから三日間の昏睡状態で、ほぼ全員にかなり心配をかけてしまっていた。
「私は沙奈さんから聞いただけだから詳しいことまではわからないけど、これからお医者さんが説明してくれると思う」
そんな話をしていると病室の扉が開いて、医師と看護師の人が入ってきた。
「無事に目が覚めてよかったです」
「助けていただいて、ありがとうございます」
「気にしないでください。それが私達の仕事ですから」
医師がそう言った後、看護師が和奏に話しかける。
「すみません……これから詳しい話をしますので」
「わかりました」
和奏は言われた通り、椅子から立ち上がる。
「また後でくるから」
「ああ。後でな」
俺が返事を返すと、和奏はそのまま静かに病室から出て行った。
それから俺は色々と検査を受けた後、医師から詳しい説明を受ける。
俺は和奏から聞いた通り、きわめて危険な状態だったことや、助かったのは応急処置と刺された場所が急所を避けていたということ。
これからの生活は基本的に後遺症のようなものはなく、普通に生活していくことはできるが、完全に完治するにはしばらく時間が掛かると教えてもらった。
後は検査の結果で何か問題があれば、すぐに伝えるということだった。
「傷口が塞がるのが早ければ二、三週間で、普段の生活はできるかもしれないです」
「そうなんですか?」
「はい。ですが、中まで塞がるのは最低一ヵ月はかかるので、しばらく傷口に痛みが走ると思います。普段の生活ができるようになったとしても、必ず安静にしていてください」
「わかりました」
「それではお伝えすることは以上ですが、何か違和感とか気になっていることなどはありますか?」
「えっと……すみません。今はまだ特にないです」
「わかりました。何かあれば気軽に聞いてください」
「ありがとうございました」
医師達が病室を出て行った後、久しぶりの会話に少し疲れて目を瞑る。
完治するまで少し多く見積もって三ヵ月か……まぁ自分から首を突っ込まなければ、最低限なんとかなるか……。
そんなことを考えていると、病室の扉が開いた。
扉のほうを見ると、先程病室を出て行った和奏が戻ってきていた。
「もう終わったの?」
「ああ」
「どんな話だったの?」
俺は医師から聞いた話の中で、和奏が聞いていないと思われる部分を説明する。
その話を聞いた和奏はほっと安心する。
「後遺症とか何もなくてよかったぁ……」
「ああ。だから、この夏休み中で普段の生活には戻れそうだ」
和奏は少し申し訳なさそうな顔になるが、俺と母さんの言葉を思い出したのか、すぐにいつもの顏に切り替った。
「それなら夏休みは退院するまで、毎日お見舞いにくるね」
「……それはせっかくの夏休みなのに勿体無くないか?」
「……だめ?」
「っ!?」
その時、今まで見たことのない和奏の反応に胸が熱くなった。
いつもならこういう状況だと、和奏が少し怒りながら何か言ってくるはずだった。
しかし、今は少し寂しそうに俺を見つめながら聞いてきた。
自分の気持ちに気付いている今、自分の想い人にこういう反応をされると、ものすごい勢いで心拍数が上がっていくのがわかった。
「……和奏がそれでいいなら」
俺はこの気持ちが和奏に気付かれないようにすることに精一杯で、素っ気ない言葉しか言えなかった。
「うん!」
俺の言葉に和奏は嬉しそうな笑顔で頷く。
そんな表情を見せられれば、俺の鼓動は更に早くなる。
黙っていたら心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、俺の鼓動が高鳴っているように感じた。
俺は少し気持ちを落ち着けるために、急遽話題を変えることにした。
「えっーと、この本は!?」
「え?」
和奏が横を見ると、そこには並べられた本が何冊かあった。
「この本? これは修司の妹さんが持ってきてくれたの」
「……え?」
和奏の口から想像していなかった人物が飛び出してきた。
おそらくお見舞いの品だろうと思っていたが、まさかこれを持ってきたのが俺を嫌っている沙希だったなんて。
「……えーっと……沙希と話したのか?」
「そうだけど、話したといっても一言二言だけかな。挨拶してこれらの本を受け取って……あっ、一個だけ妹さんが質問してきたくらい」
「質問?」
「うん。この人があなたを助けたのは本当なんですかって」
「それだけか?」
「それだけかな……私から何か話を広げた方がいいかと思ったけど、なんか気まずそうにしてるからやめておいたんだけど」
「そうか」
あいつは変なことなんか考えず、今のままでいて欲しいんだが……余計な心配か。
俺は本の方を見ると、そこには沙希と仲が良かった時期に貸してやった本が数冊並んでいた。