第八十八話 日常への帰還
「ここは……」
日差しが入った明るく真っ白な部屋。
自分が寝ている横には液体袋が吊り下がった棒。
そんな部屋に一定の間隔で電子音が鳴っていて、自分の状況を理解していく。
助かったのか……。
自分が無事であることに安堵するが、すぐに大切な人のことを思い出す。
あれから和奏はどうなったんだろう。東堂さんと西上さんがいたから大丈夫だと思うが……。
ひとまず誰かに話を聞こうと思い、体を起こそうとするが急に痛みが走った。
「っ~!」
痛みに悶えていると、不意に病室の扉が開いた。
「痛てぇ……え?」
開いた扉の方を見ると、そこにいた人物は扉を開けたまま固まっていた。
それは綺麗な金髪がよく目立つ、アイドルのような女の子。
この高校生活で関わることなどないと思っていた人物で、今では自分の一番大切な人。
「……うっ……うぅ」
「……あー……おはよう」
「起きるのが遅すぎるのよぉ……ばかぁぁ!」
神代和奏は少し怒りながらも嬉しそうに側へ寄って来て、そのまましばらくベットを涙で濡らし続けた。
「心配させて悪いな」
俺はそう言いながら、和奏の頭を優しく撫で続けた。
和奏は少し涙が収まると顔を上げてくる。
「ぐすっ……もうこんな無茶しないで」
「確約はできないから善処はする」
「どうして!」
和奏は怒りながら聞いてくる。
俺は優しく笑いかけながら、まだ少し流れる和奏の目の縁の涙を拭う。
「助けるって約束したからな。だから善処はする」
「……どうしてそこまで」
「それは」
その時、タイミング的にあまりによろしくない人物が病室の扉を開けた。
「えっ」
「あ!」
「あらやだ! 私ったらお邪魔しちゃったわね!」
扉を開けてそう言ってきたのは、俺の母親である天ヶ瀬沙奈だった。
廊下にいた母さんはそのまま静かに病室の扉を閉めるが、和奏がすぐさま立ち上がる。
「さっ、沙奈さん! 違うんです待ってください~!」
和奏はそう言いながら、母さんを追いかけて行った。
廊下に出てから、和奏が看護師さんに怒られる声が聞こえてきた。
何やってんだあいつは……。
俺は呆れながらもテンパっている和奏を見て、自分が生きていることの喜びと嬉しさを感じて笑っていた。
それからしばらくすると、二人とも病室に戻ってきた。
母さんはいつも通りにこやかに笑みを浮かべていたが、和奏は恥ずかしさで赤くなっていた。
俺は二人が来てから、母さんに言おうと思ってた言葉を伝える。
「母さん。心配かけてごめん」
「本当よ、もう……子供の頃から無茶をする子だったけど。お母さん、ここまでとは思ってなかったわ」
母さんはいつもの穏やかな表情とは違って、心労で疲れた表情になる。
俺はその表情を見て、申し訳なさが大きくなる。
「本当にごめん」
「その言葉、お父さんにも言いなさい。お父さんも何回もお見舞いに来てるんだから。わかった?」
「何回も?」
「そうよ。だって、三日間も眠ったままだったんだから」
あの日から三日間、ずっと眠ったまま……そりゃ心配になるな。
「あと話は和奏ちゃん達から全部聞いたけど、三人にはもの凄く感謝しなさい。お医者さんの話だと、和奏ちゃん達が応急処置していなかったら、間に合ってなかったかもしれないんだから」
「さっ、沙奈さん……そもそも私のせいで修司君はこうなってしまったので……感謝される必要は」
母さんは真剣な表情で和奏の方を見る。
「和奏ちゃん。例えそうだとしても修司が生きているということは、あなたのおかげである事実は変わらないの」
そう言った後、母さんは和奏の方を向いて深々と頭下げた。
「改めてお礼を言わせて頂戴。本当にありがとう」
「これは私が原因で……そんな……」
和奏は自分に責任を感じて戸惑っている中、俺も母さんの言葉に同意する。
「俺が勝手に首を突っ込んだことだし、元々の原因は倉澄だ。だからお前が気に病む必要ない」
「でも……」
「それに母さんの言った通り、俺が今生きてるのは和奏のおかげなんだから感謝を受け取ってくれ。本当にありがとう」
和奏はまだ少し責任を感じているが、それでも俺と母さんの言葉に納得して感謝を受け入れてくれた。
それから母さんは父さん達に連絡してくると言って、病室から出て行った。
残された俺達は母さんが来る前の出来事もあって、少し気まずい空気が流れる。
「……えっと。改めて本当にありがとうな和奏」
「そっ、それを言うなら私も! 守ってくれて本当にありがとう!」
俺達はお互いにギクシャクしながらお礼を言い合うと、なんだか少しおかしくなって笑い合う。
和奏の笑顔を見ながら、俺は心の中で思う。
これで和奏に心と命を救ってくれた二つの恩ができたな。
そんなことを思いながら和奏のほうを見ていると、和奏は不思議そうに首を傾げていた。
その様子を見て、ようやくいつも通りの日常に戻ってきた感じがして嬉しくなった。