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第八十七話 幼い頃の記憶

 懐かしい夢を見た。

 それはまだ小学生になったばかりで、まだこの体質に気付いていない頃のもの。

 その頃から色々と理不尽なことが多く、そのことについて両親に相談しようかと思った。

 しかし、両親は沙希が小学校に上がる時期で何かと忙しそうにしていたこともあって、相談して困らせたくなくて話せない時期が続いた。

 ある時の帰り道、公園で一人に意地悪をして遊んでいた集団を見かけた。

 その頃はテレビで見ていた戦隊ものヒーローに憧れていて、迷わず助けに入った。

 なんとか集団を追い払うことに成功したが、意地悪されていた子は泣き続けたままだった。

 そのままその子の親が公園に迎えに来て、まるで俺がいじめていたことのように思われて怒られてしまった。

 その親子が帰った後、俺の中で何かが限界に達して、ブランコに座りながら一人静かに泣いていた。

 そんな時、一人の男の人が心配そうに話しかけてきた。


「何か悲しいことでもあったのかい?」


 その人の顔はぼんやりとしか覚えてないが、とても優しそう声をしていた。

 俺は泣いていて上手く声が出せずにいると、ハンカチを俺に差し出してくる。

 俺が少し戸惑うと、男の人は優しく言う。


「気にせず使って?」


 俺はそのハンカチを受け取って、次から次に溢れる涙を拭いていた。

 男の人は俺が落ち着くまで、隣のブランコに座って待っていてくれた。


「ありがとう……」


「気にしないで。あ、ハンカチはそのままでいいからね?」


「えっ……でも」


「大丈夫だから、ね?」


 男の人は俺が使い終わった後のハンカチを受け取ると、そのままポケットにしまった。

 それから俺の聞いてくる。


「泣いていた理由、もしよかったらおじさんに聞かせてくれないかい?」


「どうして……?」


「……あはは。どうしてって言われると少し困っちゃうけど、泣いている君が昔のおじさんにとても良く似ていたからかな?」


 困った様子で笑いながらそう言った男の人からは、とても優しい雰囲気を感じた。

 それから少しして、俺はぽつりぽつりとたどたどしく最近悩んでいたことについて話し始める。

 その人はそんな俺の話を静かに聞いてくれる。

 話し終えた後、男の人が心配そうに俺に聞いてくる。


「君は周りの子達のことが嫌にならなかったのかい?」


「僕が悪いこともあったかもしれないから……」


「……そっか」


 男の人は少し驚いた後、優しく俺の頭を撫でながら言う。


「君は優しいんだね」


「え?」


 俺が少し驚いて戸惑っていると、男の人が話し始める。


「おじさんも君と同じようなことがいっぱいあったんだ」


「そうなの!?」


「ああ、そうだよ。だから君の悩みもすっごいよくわかるし、君がとても優しいことがわかるよ」


「どうして僕が優しいの?」


「おじさんが君と同じくらいの頃は弱くてね。恥ずかしい話で、なんでもかんでも周りのせいにしていたんだよ」


「それは良くないことなの?」


「そうだね。全部が全部良くないとは言えないけど、でもそういう人の周りには誰も近付いてこないからね」


「おじさんって、お友達がいなかったの?」


「あははは! そうだね、その通りだったよ!」


 男の人は俺の言ったことに笑う。

 俺は男の人がなんで笑っているかよくわからずにいたが、その人は話を続ける。


「でも、そんなおじさんを変えてくれた人がいたんだ」


「変えてくれた人?」


「うん、おじさんのお嫁さんなんだけどね。その人は怒ると怖いし素直じゃないんだけど、とても優しい人なんだよ」

 

「へー! じゃあ、その人がおじさんのヒーローってなんだね!」


「あはは……ヒーローとはちょっと違うかなー。そうだなぁ……恩人って言えばわかるかな?」


「命の恩人!」


 その時、男の人は照れくさそうに笑っていた気がする。

 すると、男の人は何かを思い出して、自分の鞄の中から箱のようなものを取り出した。


「後で食べようと思って残しておいたんだけど、食べるかい?」


「お弁当?」


「そう。それもおじさんの恩人の手作り弁当!」


 男の人がお弁当箱の蓋を開けると、そこには里芋と大根の煮物が現れた。


「うっ……」


 俺はお弁当の中身を見て嫌そうな顔になった。

 もう忘れてたけど、この頃は給食で初めて食べた煮物があまりおいしくなくて、少し食べるのが苦手だったんだよな。

 おじさんは俺の表情を見て、少し悲しそうな声で言う。


「煮物が嫌いだったかい?」


「……あんまり好きじゃない……」


「そうだったのかぁ。残念だなぁ……こんなに美味しそうなのに」


 おじさんは箸を取り出して煮物を一口食べると、とても幸せそうに食べていたと思う。

 その様子を俺がしばらく興味深そうに見ていると、おじさんは箸を俺に渡してきた。


「一口だけでいいから食べてほしいな」


「……うん」


 俺は箸を受け取り、恐る恐る煮物を掴んで勢いよく口の中に入れた。

 口の中にいれた瞬間、染み込んだ出汁が広がっていき程よい甘さが後味として残る。

 噛めば噛むほどその味は広がり、俺はその味わったことのない美味しさに目の色を変えていただろう。


「すっごい美味しい!」


「本当かい!? それはよかった!」


 俺はそのまままた一口と食べ続け、気づけば完食してしまっていた。


「あっ……ごめんなさい」


「どうしたんだい?」


「その……全部食べちゃって……」


「あはは! いいよいいよ! それよりも気に入ってもらえて、おじさんは嬉しいから」


「うん! すごい美味しかった! ありがとうおじさん!」


「どういたしまして。食べ終わった後に言わなくちゃいけないことはわかるかな?」


「知ってるよ! ごちそうさまでした!」


「よくできました」


 煮物を食べ終えたら、そろそろ日が沈み始めていた。


「そろそろ帰らなくちゃ……」


「そうだね。お父さんやお母さんを心配させると良くないからね」


「おじさん……また僕とお話ししてくれる?」


「もちろん。その時はおじさんの子とも会ってくれるかい?」


「おじさんの子?」


「そう、丁度君と同じくらいの子供がいてね。良い子なんだけど、ちょっと他の子と違うところがあるから、友達が少ないみたいなんだよ。よかったら仲良くしてくれるかい?」


「うん! 僕もおじさんの子と仲良くなりたい!」


「ありがとう」


 俺は男の人とそんな約束をして、そのまま別れた。

 結局、その後に男の人と出会うことはなかったけど、いつか会えたらなと思う。




 そんなことを思ったとき、夢から現実に戻される感覚が走った。

 俺は目を開けようと瞼に力を入れると、そのまますんなり開けることができて、見知らぬ天井が目に入ってきた。

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[一言] まさかその子供が...
[一言] まさかおじさんの子ともは・・・
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