第八十五話 根源の末路
「怖い思いをさせてごめんね。もう大丈夫だから」
東堂さんは和奏に付けられていた目隠しと口のテープを外していく。
「はぁはぁ……修司は!? 修司は無事なの!?」
「天ヶ瀬君なら大丈夫そうだよ、ほら」
東堂さんが指を指した方向に、周りに大勢の倒れている奴らがいる中で肩で呼吸しながら立っている俺がいる。
和奏はそんな俺を見たとたん、ほっと安心する。
「あんた達何なのよ……」
倉澄は焦りながら顔が引きつっていた。
「何と言われても、ただ便利屋でしかないよ。君が一度は依頼して、途中で断ったところって言えばわかるかな?」
「使えない便利屋っ……」
「そうそう。その使えない便利屋の二人でーす」
「ちっ……誰か!」
倉澄は悔しそうに外の見張り役を呼ぶが、誰も中に入ってくる気配がない。
「外にいた人達なら来ないよ。先に眠ってもらったからね」
「くっ……」
倉澄の悔しそうな表情を見ると、隣で西上さんが笑いながら俺に話しかけてくる。
「おい、後片付けするぞ」
西上さんは先程まで自分に向かってくる奴だけを倒していたが、今は自ら残ってる奴らを一人ずつ片付けていく。
少し遅れたが、俺も西上さんに続いて残っている奴らを動けなくしていった。
「あー! なんでこんなに上手くいかないの!」
倉澄は手で頭を掻きながら叫んでいる。
気付けばもう残り一人になっており、そいつは西上さんに任せた。
俺は無言で倉澄を睨みつけながら、倉澄に向かって歩いて行く。
「ひっ……こっ、来ないで」
そのまま倉澄に近づいて行くと、倉澄は尻もちをつきながら後ろに下がって行くが、壁が背になって逃げ場がなくなった。
その時に何かを思いついたか、片手を前に出しながら俺に言う。
「そっ……そうよ! 私に何かしたらパパが黙ってないんだから! 私のパパは政治家や大手企業の社長と繋がりを持ってるから、天ヶ瀬なんかめちゃくちゃにできるんだから!」
「……だからなんだよ。お前ここまでのことしておいて、何もないとか思ってんじゃねぇよな?」
倉澄はようやく自分の立場を理解したのか、小刻みに震えて怯え始めた。
「……家の力を頼ろうとするんだから、さぞかし大事なんだろ? それなら顏はどうなってもいいよな」
「えっ……」
「俺の大事なものを傷つけた奴は例え女でも容赦しない……歯食いしばれ」
「ひっ……」
俺は殴ろうと拳を振り上げた瞬間、その拳は急に誰かに止められてしまった。
俺は止められた拳の方を見ると、その手は東堂さんが握っていた。
「……なんで止めるんですか」
「この子に殴る価値もないし、もう終わりだからね」
東堂さんはそう言って、俺に拳を収めさせた。
すると、すぐに倉澄が東堂さんに声をかけた。
「あっ、あなた便利屋なんでしょ!? お金ならいくらでも出すから私を助けてよ! あっ、お金じゃないなら、パパに頼んでコネでもなんでも作れるから助けてよ!」
東堂さんは倉澄の言葉を聞くと、しゃがんで話し始める。
「そっかぁ~……本当にそうなら自分も悩んだんだけどねぇ~」
「ほっ……本当よ!? 私のパパは倉澄グループの社長だからお願い!」
倉澄は微かな希望に縋りつくように、ポケットから携帯を出して父親の名前を見せながら懇願する。
しかし、東堂さんは先程と変わらない不気味な笑顔を浮かべ続けていた。
「なっ……これでもまだ嘘だと思ってるの!?」
「いやいや、君の言葉は信じてるよ」
「それじゃ!」
「でもね、君が今言ったことは何一つ効果がないんだよ」
「え?」
東堂さんはポケットから携帯を取り出して、速報のニュース記事を見せる。
そこには書かれていたことは倉澄の父親の会社についてのものだった。
【倉澄グループ、書類偽装、賄賂、その他数々の不正が発覚】
「……え?」
「会社自体は臣泉院グループが吸収することになって、君のお父さんは逮捕。この状況で今の言葉をもう一度言えるかな?」
臣泉院グループと言えば、昔から存在する大企業の名前だ。
それは興味のない人でも、必ず一度は聞いたことがある。
逆に知らない人を探すという方が難しいほどの会社である。
「もちろん倉庫内の会話も全部録音済みだし、君が今までやったこともまとめて警察には連絡済みだからね」
「あ……あっ、う……そ」
倉澄はこの一瞬で何もかも失って目の奥から光が消える。
その絶望した表情のまま頭を下げて俯いた。
東堂さんは倉澄が絶望したことを確認すると立ち上がって一言。
「はい、これでおしまい」
東堂さんはこれから来る警察の為に、西上さんに倉庫内にいる奴らを拘束しておくように指示を出す。
俺は東堂さんに少し気になったことを聞いた。
「最初からこうなることを知ってたんですか?」
「知ってたって言うか、こうするって言われちゃったからね」
「言われた?」
「そそ。倉澄さんは絶対に怒らせちゃいけない人間を怒らせたんだよ」
「それは……お二人とは別に手伝ってくれた、もう一人のことですか?」
「お? 鋭いね~。まぁそんなことよりも、早くお姫様の下に行ってあげたら?」
東堂さんが親指で後ろのほうを指した。
その指の先を見ると、和奏が不安そうに俺を見ていた。
俺はすぐさま倉澄に背を向けて和奏の下に向かっていた。