第八十二話 約束と追跡
「……お……い………お………ろ」
微かに誰かが呼んでいる声が聞こえる。
その声は聞いたことがあるような、低く男らしい声だった。
俺が目を開けようと瞼を動かした瞬間、いきなり顏に痛みが走った。
「起きろガキ!」
「えっ……西上さん?」
「やっと起きたか」
西上さんは俺の意識が戻ると安心した様子だった。
「俺、なんで」
「おそらくスタンガンか何かをくらっちまったんじゃねぇか? 体は動くか?」
西上さんに言われた通り体を動かそうとする。
動かそうと思えば動けるが、やけに鈍い感じがして無理やり動かさないと普段通り動くことはできなさそうだった。
ただ、西上さんの言葉で俺が意識を失うまでの出来事を思い出して、すぐに携帯で時間を確認する。
俺が倒れてから約五分、まだそう遠くには行ってないと思い、無理やり立ち上がった。
「おい、無理はしないほうがいいぞ」
「ここで無理しないで、いつ無理するんですか」
「後は俺達に任せろと言っただろ」
西上さんの言葉で東堂さんの言葉も思い出して、同時に俺の頭に悪い思考が駆け巡る。
高校生の君に何ができるの? 何もできないよね。
――――だからって何もしないのは違うだろ。
黙って待ってろ。
――――待ってられるか。
ヒーローでもなければ、物語の主人公でもないただのクソガキなんだよ。
――――うるせぇよ。
出しゃばったところで問題がこじれるだけだぞ。
――――まとめて解決してやる。
俺は溢れるように出てくる、悪い思考を全て抑え込んで、西上さんに伝える。
「あんた達の言っていることは正しいと思う。何の後ろ盾もないちっぽけなガキが首を突っ込んだところで、しょうがないこともわかる」
「だったら……」
「でもな、連れ去れる直前にあいつは……和奏は俺に助けを求めていたんだ。それなのにここで何もせずに待ってたら、このまま和奏が助かったとしても俺は自分が許せない」
西上さんは黙って、俺の話を聞いてくれていた。
「約束したんだ……もし何かあったら俺が助けるって。だから西上さん、止めないでくれ」
俺は鈍い体を無理やり動かして歩き始めると、後ろからため息が聞こえた。
俺は気になって後ろを振り返ると、立ち上がった西上さんは困った様子だが、何故か嬉しそうにもしていた。
そのまま近くに停まっていたバイクの側に向かって行く。
「……どうせ当てなんかないんだろ。後ろに乗れ」
西上さんはそのままシート下からヘルメットを出して、俺の方に投げてくる。
俺は慌てて飛んできたヘルメットを受け取った。
「少し電話する。すぐに終わるから、後ろに乗って待ってろ」
俺はヘルメットを着けてバイクに乗って待っていると、西上さんは電話の相手と話し始めた。
「どうせ念のために位置情報を取得してんだろ? それ途中まででいいから、ルート出してこっちに送れ。あ? たまたまだ。三分以内に送れ」
西上さんは電話を切ると、バイクに乗ってヘルメットを着けた。
「さっきの電話は東堂さんですか?」
「ちげーよ。ヤスが前に言ってた、この手のことに強い奴だ」
西上さんがそう言ったすぐに携帯が震える。
何やら通った後のような線がついた地図を携帯で表示して、バイクに取り付けていた携帯スタンドに置いた。
「おら、急ぐぞ!」
「はい!」
西上さんはエンジンかけると、すぐにバイクを走らせた。
走っている間、俺は気になることを西上さんに聞いた。
「なんで俺を連れて行ってくれるんですか?」
「あぁん? 知るか!」
「え!?」
「ただ、自分がこうしたほうがいいって思う気持ちに従ったまでだ! 俺もお前と同じだってだけだ!」
そう言った西上さんの声は嬉しそうに聞こえた。
「ありがとうございます!」
「あ!? 俺が勝手に行動してるんだから、お礼なんか言うんじゃねぇよ! 振り落とすぞ!」
この乱暴な言葉遣いも西上さんなりに気を使ってくれている気がした。
そのままバイクに乗りながら後ろから地図を見ていると、西上さんは表示されている線の道を辿ってはいないようだった。
「西上さん! もしかして、その地図に載ってるのって、和奏が連れて行かれてる場所を示してますか!?」
「あ!? そうだよ!」
「なんで、その線の道を追いかけないんですか!?」
「そんなの決まってるだろ! こっちの方が速いからだよ!」
西上さんがそう言った瞬間、バイクのスピードが上がった。
あまりの勢いに、俺は西上さんに掴まらざるを得なくなる。
「ちゃんと掴まってないと危ねぇぞ! あと話してると舌噛むぞ!」
そのまましばらく走ると、西上さんの携帯に通知が来たため、一旦車道から外れて一時停止する。
「はぁん。なるほどな」
「どうしたんですか?」
「向こうさんはまだ目的地についていないんだが、目的地が割り出せたみたいだ」
「何処なんですか!?」
「うっせぇな。お前にわかりやすく言うなら、あの噂が広まってる地域の工場の跡地みたいだ」
「それなら早く行きましょう!」
「わーってるよ! しっかり掴まってろよ!」
俺達は改めてまたバイクで走り始めた。