第八十一話 修司の苦悩
家に戻っても俺の頭の中では良くない思考が渦巻いていた。
俺はヒーローでもなければ、主人公でもない。
大きな力の前に、ただ無力なクソガキだ。
そんな俺にできることなど、たかが知れている。
そもそも、和奏がこんなことに巻き込まれているのは俺と関わったからなのかもしれない。
関わることが無ければ、和奏は今まで通り平穏暮せていたのではないか。
ナンパに絡まれることもなかったし、倉澄とだって会わなかったのかもしれない。
今更考えても仕方のない悪い考えが頭の中を埋め尽くしていき、そのまま意識が闇の中に沈んでいった。
それから、ただ和奏と毎日一緒に登校し淡々と授業を受け、放課後に和奏を待って下校する日々が続いた。
その中で何回か、和奏から俺の様子が少しおかしいことについて聞かれた。
しかし、調子が戻っている和奏に悪い影響を与えないよう、自分の考えに蓋をして誤魔化した。
そんな日々が過ぎていくと期末テストも終わり、もう一学期の最終日である終業式になっていた。
「今日で終わりだあああ!」
朝、いつものように読書をしていると、幸太が無駄に高いテンションで話しかけてくる。
「……うっとうしい」
「待ちに待った夏休みだぞ!? これが喜ばずにいられるか!」
「幸君のテンションは流石に高すぎるかもしれませんが、楽しみなのはみんな同じだと思いますよ」
俺達が話していると、一之瀬も会話に参加してきた。
俺は一之瀬の言葉で他のクラスメイト達を見渡すと、各々が夏休み中の予定を話し合ったりして楽しそうにしていた。
「でしょう?」
「確かにな」
「神代さんは夏休み何か予定とかあるんですか?」
「私ですか?」
一之瀬が話を振ると、神代は少し悩んだ後に答える。
「まだ何も考えていませんが、明確な予定と言うなら祖父母の家に行くと思います」
和奏は夏休み中の何処で、実家に帰る予定のようだ。
それは流石に部外者が一緒に行くことはできない。
早く倉澄の問題をなんとかしないと、和奏が自由に出歩けないのは酷すぎる。
俺はそんなことを思って、焦りに駆られる。
「そうなんですね。じゃあ、夏休みの何処かで一緒に遊びませんか?」
「賛成~!」
「幸君はどうせ必ずくるんですから聞いてないです。天ヶ瀬君はどうですか?」
「俺は……」
この状態が続いているなら、和奏の側にいたほうがいいため、賛成するのが正しいと思う。
だが、もし遊んでる時に、幸太や一之瀬までも巻き込まれたらという考えが過ぎった。
夏休みは東堂さん達に頭を下げて、倉澄の件を解決することに尽力するべきなのではないか、その方が和奏の為になるのではないか。
しかし、すぐに東堂さんに言われた何もできないという言葉が胸に刺さる。
そんな考えが俺の中で渦を巻いて、返答に詰まってしまった。
幸太と一之瀬は特に気にした様子なく俺の返事を待っているが、和奏だけが心配するような様子で見ているようだった。
「……悪い。少し家に帰って、予定を確認させてくれ」
「急に誘ったこともありますので、あまり気にしないでください。でも、天ヶ瀬君にも予定とかあるんですね……」
「だなー。家で読書三昧かと思ってたわ」
「お前ら……俺のことを常に暇人だと思ってるだろ」
俺が少し呆れながら呟くと、幸太と一之瀬は図星を突かれた様子だったのか笑って誤魔化していた。
丁度会話の区切りがいいところで、ホームルームのチャイムが鳴ったため、二人は自分の席に戻って行く。
ただ、二人がいなくなった後も、和奏の表情は心配そうなものから変わっていなかった気がした。
終業式だったため、その日は午前で学校が終わった。
それからは各々が部活動や委員会、はたまた放課後すぐに下校していく。
和奏が生徒会の仕事を終わらせると、俺達も学校から出て帰り道を歩いていた。
いつもの帰り道、和奏が心配そうに話しかけてきた。
「一之瀬さん達と話してた時、どうかしたの?」
「……何がだ?」
「なんか別のことを考えてるような感じだったから」
「……実家に帰るべきかどうか考えていただけだ」
俺は本当のことを話せば、また和奏が不安になるのではないかと思って、和奏のほうを見ずに実家のことを理由にして誤魔化した。
しかし、和奏は俺の本心に気付いていたのか少し笑いながら言った。
「ここ最近何も起こってないから、夏休みは気にしなくて大丈夫」
「えっ?」
「私が倉澄さんに怯えてたから、修司が守ってくれるように一緒に登下校してくれていたけど、もう一ヵ月以上何もないってことは私が気にし過ぎてたのかもしれない」
「だがな……」
「だがもだけどもないの。私のことは、もう気にしなくて大丈夫だから」
俺は和奏の言葉に戸惑って立ち止まるが、和奏は気にせず歩いて行く。
そんな背中を見ていると、和奏は途中で振り返って笑いながら言った。
「ほら、早く帰ろ?」
その笑顔につられて、先程までの不安が和らいで少し笑顔になった。
その時だった。
和奏の表情が一変して焦ったものになった瞬間、顔にマスクをつけた奴らが抵抗できないように和奏を抑えつける。
「いやっ!」
「和奏っ!」
俺は助けようと一歩踏み出すが、体に急激な痛みが走ってまともに動けなくなった。
そして、そのまま俺は地面に倒れ込んだ。
「んっー!」
和奏が口を塞がれたまま連れて行かれるのを見せつけられながら、だんだんと意識が落ちていった。