第七十八話 便利屋のお詫び
「すみません。少しいいですか?」
「えっ」
「なっ、なんですか?」
優男が話しかけると、立ち話をしていた男二人は話しかけられると思っていなかったようで驚いていた。
「いやいや、大したことじゃないんです。少し道をお聞きしたくて」
「あー……すみません。この辺りは自分達もあまり詳しくなくて……」
「そっ、そうなんです!」
「そうだったんですか! 楽しそうに立ち話をしていたので、てっきりここら辺に住んでいる方かと思いました」
「まぁ……そうなんですよ」
優男の言葉に一人が少し気まずそうしながら肯定する。
優男は男達の表情で確信を得たのか、急に悪そうな顔に変わった。
「……ちなみになんですけど、あなた達も何か頼まれた感じですか?」
「えっ……それはその」
「……もしかしてですけど……あなたも?」
「……ですね。まぁ多分ここで話してるってことは、自分と違う内容だと思いますけど」
男達は少し警戒しながらも、優男のことを受け入れつつある。
しかし、まだ目的について話してくれる雰囲気まで達していない様子だった。
優男はそんな男達の反応を見逃さない。
「いやー自分は結構面倒なことを頼まれてしまいまして……」
「……ち……ちなみにそれは?」
「なんかこの男を探してほしいというものでですね」
優男は持っていた俺の写真を見せた。
その瞬間、男達の反応が変わる。
先程のような警戒を解いて、快く話し始めた。
「この男ならこの先の方に歩いていきましたよ!」
「本当ですか?」
「ええ、僕達が写真を撮ろうとしていた女の子の近くにいた奴なんで間違いないです」
「……へーそれはそれは……ありがとうございます」
優男は目を細めて声を低くしながらお礼を言うと、隣にいた体格のいい男の方を向いた。
「トラ、連絡してくれ」
「あいよ。ついでに飲み物を買ってきていいか?」
「どうぞどうぞ」
体格のいい男はコンビニの中に入っていき、優男はそのまま男二人と話し続ける。
「……ちなみになんですけど、自分達は達成したら、これくらいなんですよ。お兄さん達はどのくらいなんですか?」
優男は何本か指を立てると、男達は顔を見合わせて驚いた。
「探すだけで二十本は大きいですね!」
「ええ、でも、写真以外は何も情報がなくてね。写真の服も私服だし、ここまでくるのに苦労しましたよ」
「確かに……それなら僕達の方が割りがいいかもしれないです」
男の一人が下卑た笑い方をしながらそう言った。
優男はその表情を見て、わざとらしく驚いた様子で聞いていた。
「そうなんですか?」
「ええ。最初から情報をいただけましたし、それに女の子の写真を一枚撮るだけで五本です。さらにものによれば金額が変わってくるので」
あいつら……。
俺は怒りが頂点に達して、殴らないと気が済まなくなって出ていこうとした。
だが、それはできなかった。
「それは……本当にいいですね」
優男がそう言いながら、一瞬目線だけを俺に向けて睨んでいたからだ。
それは俺は行動を止めるには十分な迫力だった。
その時、近くからパトカーのサイレンが鳴り響き始める。
それからだんだんとサイレンの音は大きくなって、優男達が話しているコンビニの目の前で止まった。
「警察?」
「コンビニで何かあったのかな?」
男達はここにパトカーが止まると思わず、軽く驚いていた。
出てきた警察は立ち話をしている三人のところに向かって行った。
「盗撮していると通報があって来ました」
「ほいほい、このお二人さんですよ。持ち物検査してもらえればわかると思います」
「お前っ!」
「僕達を騙したのか!?」
「騙すなんてことは一切してないんですけどねぇ。自分は事実しか話してませんし、通報したのも自分じゃないですから。だとしても、盗撮は立派な犯罪ですからね」
優男はニコニコと笑いながら、男達の言ったことに答えていた。
「とりあえず、色々と見せて」
「っ……クソ!」
警察は男達の携帯に入っていた写真を確認すると、二人をパトカーに乗せた。
警察は優男にお礼を伝えた後、運転席に戻って警察署の方に向かってパトカーを走らせて行った。
ようやく優男が、こっちに来るように手招きしていたので、俺は優男の下に行く。
「ってな感じで、便利屋やってます」
「人心掌握術ってやつですか?」
「そんな大層なもんじゃないよ。少しだけ人と仲良くなるのが得意なだけかな」
優男がそう言うと、丁度良く体格のいい男がコンビニから出てきた。
「トラ、連絡してくれてありがとう」
「いつものことだろう」
体格のいい男の言葉に同意して笑い合っている。
そんな二人の様子を眺めていると携帯が震えたので確認すると、和奏から今の状況についてメッセージが送られてきた。
ふとコンビニの中を見れば、心配そうに俺を見ている和奏と目が合った。
「あー、あれが写真を撮られていた女の子か。なるほどね、こりゃ早く手を打たないとまずそうだ」
優男は俺の視線を辿って、和奏のことを認識していた。
優男が言った言葉に、俺は何処か不穏なものを感じた。
「どういう意味ですか?」
「撮った写真をネット上で使う。用途は色々あると思うけど、悪意がある感じに思えるからね。もし起こるとするなら、良くない噂と一緒に掲示板に晒されたりすることかな」
俺は優男の話を聞いて、猛烈な胸糞悪さと怒りがこみ上がってくる。
しかし、それをぶつける相手も消化する方法もないため、爪が食い込んで血が出るくらい拳を握って我慢する。
「まぁ乗り掛かった舟だし、君にも迷惑をかけたから、こっちで色々やってみるよ」
優男はそう言うと、携帯をいじり始めた。
「……なんとかできるんですか?」
「自分にはできないけど、そういうのに強い人がいてね~。まぁ自分達も名前とかは知らないんだけど」
俺が心配していると、体格のいい男の方も優男に同意するように頷いている。
「この話は、あの子が不安になっちゃうから話さないようにね。視線については、ストーカーがいて警察が連れて行ったことしておいてね」
「……はい」
俺は優男の言葉に頷くしかなかった。
それから二人して自分達のポケットの中に手を突っ込んで、何かを探し始める。
探し物が見つかるとほっとした様子で、俺に一枚の紙を渡してきた。
「あと、この電話番号を登録しておいて。写真の件でわかったことがあれば、この番号から電話が入れて君に教えてあげるから」
「……ありがとうございます。念のために今電話かけてもいいですか?」
「疑り深いねぇ~、そういうの大事大事」
「世の中良い奴も多いけど、クソな奴も多いからな」
俺は二つの名刺に書かれていた番号を登録して、すぐにどちらにも電話をかける。
二人の携帯にコール音が流れることを確認できたので、俺は二人にお礼を言った。
「色々と、ありがとうございます」
「最初に面倒掛けたのこっちだし、同じ道場のよしみだから」
「今度は道場で試合やろうぜ」
最後にそれだけ言葉を交わすと、二人は何処かへ去っていった。




