第七十五話 過去の根源
茶髪の女はグループから離れて俺達に近づいてきた。
……なんか、この女どこかで見たような。
「って隣にいるの、やっぱり天ヶ瀬じゃん!」
女は俺のことも知っているようで、気安く声を掛けてくる。
「久しぶり! 元気だった?」
「いや元気ではあるが、お前誰だ?」
「あれ、忘れちゃった? 中二の時に一緒のクラスだったんだけどなぁ。まぁでも、あれから転校したしね」
俺は女の言葉で、中学二年の頃に転校した奴のことを思い出した。
「お前……倉澄か?」
「そうそう!」
この女の名前は倉澄美優。
中学時代に同じクラスだった奴で、クラスの中心にいるようなタイプだった。
人当たりがいいところがクラスの中心といった地位を確立していたのだと思う。
容姿に関しては、男から見て守ってあげたくなるような少し童顔な顔つきなのは変わっておらず、今は茶髪ということだけだ。
倉澄は俺が思い出したことで、嬉しそうにしているように見える。
ように見えるというのは、俺が昔から思っていることがあるからこの言い方になってしまった。
こいつからは言葉遣いではわからないが、俺を見透かしているような目で見ている感じがする。
わかりやすく言うと、倉澄が俺と話している言葉が全てわざとらしく思えるということだ。
だから俺はこの女に対して、何処か苦手意識があった。
「本当に私と話すときはなんか変だよね、天ヶ瀬って」
「……そうか?」
「そうだよー。今も誰かにお節介を焼いてるの?」
中二年の時は、まだそんな噂はなかったはずだが……なんでそんなこと知ってるんだ。
「いや……もうやってない」
「ふーん……」
倉澄は何かつまらなそうに返事をした後、俺から目線を外して和奏の方を見る。
「久しぶり、神代さん!」
「は……はい……」
和奏は少し怖がった様子をしているが、それでも耐えるように倉澄から目線を逸らさない。
倉澄は和奏の様子を見て少し驚くが、すぐに最初に見せた笑顔に戻っていた。
「久しぶりだからって、そんなに緊張しないでよ~」
「……すみません」
倉澄にそう言われても、和奏の表情は変わらない。
和奏をよく見れば何かに立ち向かっているように感じる。
和奏を知っているから、もしかしてと思ったが……おい、まさか……。
俺は嫌な予感がして倉澄を見ると、今までの笑顔とは裏腹に面白くなさそうにしていた。
それはまるで、自分のおもちゃが思った通りに動いていないのを見る子供のような。
「……へぇ~……神代さんは少し変わったね」
「……はい。倉澄さんのように見た目は変わっていませんが」
和奏は少し震える声を抑えて、なんとか倉澄に言い返す。
そんな倉澄は面白くなさそうな顔から、最初に見せた笑顔に戻して俺に話しかけてきた。
「天ヶ瀬は知ってるの? 神代さんの話し方や何もかもが偽りなことを」
そう聞いてきた倉澄の表情は、人を陥れることを楽しむような表情に変わっていた。
俺はその表情で確信して、倉澄を睨む。
「お前……」
「あっそ、そういうこと……つまらないなぁ~。あっ!」
倉澄は面白くなさそうにそう言った後、何か別のことを思い出していた。
「天ヶ瀬って、まだあの縁結び体質のままなの?」
「お前、なんでっ!?」
「そんなの注意深く回りを見てれば、わかる人にはわかるでしょ。そんなことより、ちょっとその体質で私と一儲けしよ? 私が通ってる学校って、結構お金を持っている子が多いから、儲け話としては悪くないと……」
「ふざけないでください! あなたは天ヶ瀬君を何だと思ってるんですか!」
倉澄の話を遮って和奏が激怒する。
しかし、倉澄は和奏の激怒なんか意に返さない様子で、冷たい目で和奏を見た。
「……っ」
和奏はそんな倉澄の視線を受けて、昔を思い出したのか息が詰まり顔色が白くなっていく。
「……神代さんって、私にまだそんな口が聞けるんだ。やっぱり孤立させるだけじゃ弱かったかなぁ~」
倉澄は今までとは別人のような声で言う。
和奏はその言葉を聞いて、昔のことを思い出したのか少し体が震えている。
俺は和奏を庇うように間に入って倉澄を睨む。
「おい、倉澄。こいつに何かしたら、たたじゃおかねぇぞ」
「へぇ~……天ヶ瀬が庇うんだ。自分に全くメリットがないのに人助けしちゃうって、馬鹿のやることって気づいてる?」
「ごちゃごちゃうるせぇよ。お前には関係ないだろ」
「人が親切心で忠告してあげてるのになぁ~」
俺が和奏を庇いながら睨み続けるが、倉澄はどうでもよさそうにおちゃらけていた。
それから俺に話が通じないとわかると、倉澄はため息をついた。
「はぁ~、この様子だと私が何を言っても聞いてもらえないね」
「はなっから聞く耳がないから」
「しょうがないかぁ~」
倉澄は見下すような目で見てきた。
それは俺を見ている感じではなく、俺の後ろにいる和奏に向けられているようなものだった。
「神代さん、またね?」
和奏がその言葉を聞いた瞬間、怯えるように俺の背中を強く握って震えていた。
倉澄はそれだけ言い残すと、自分の集団に戻っていった。
倉澄はいなくなったが、和奏は震えが収まらないのか俺の背中を掴んだままでいた。
和奏が落ち着いてきたところで、俺は前を向いたまま和奏に聞いた。
「和奏。お前の過去にあったこと、主犯格はあいつだな」
「……うん」
和奏の返事を聞いて、俺は怒りで口の中を噛み切っていて血の味が口の中に広がった。
それから今の和奏を幸太達には見せられないので、和奏の具合が悪くなったということで先に帰らせてもらった。