第七十二話 覗き見の謝罪と呆れるお隣さん
「あっ! 皆に連絡しないと!」
あ……まずくねぇか、これ。
俺が和奏の様子を見ていると、片桐が今もっともやらなければいけないことを思い出した。
しかし、今の俺と和奏にとってはあまりにも良くない。
やばっ、忘れたままでいて欲しかった!
俺は音を立てないように携帯をマナーモードにしようとするが、直前に片桐からメッセージが送られてきて俺の試みは失敗した。
さらには和奏の携帯もマナーモードではなく、そのまま二人の携帯で通知音が流れ。
俺のせいだが、今の俺達の現状は片桐と速水のやり取りを盗み見ている形だ。
俺が変な気遣いをしたために、和奏を巻き込んでしまったことは申し訳なく思う。
和奏は戸惑いながら、口パクでどうするのと聞いてきた。
「あれ? なんか草の方から音が……」
「……まさか」
どうやら二人もこちらの通知音に気付いたらしい。
俺はもう誤魔化すのは無理だ思い、和奏にまだ出てこないようにジェスチャーで伝えて草の影から出て行く。
「片桐、すまん! 覗き見するつもりはなかったんだ!」
俺は草の影から出て、すぐさま頭を下げて謝った。
頭を下げているため、片桐達が今驚いているのか怒っているのか全くわからない。
片桐達が何か言うまで、俺は頭を下げ続けた。
「はぁ……頭を上げてくれ、天ヶ瀬」
片桐がため息をつきながらそう言ったので、俺はゆっくりと頭を上げる。
速水は恥ずかしそうに片桐は呆れた様子で俺を見ていた。
「お前のことだから、屋上で六花ちゃんを応援したときみたいに変な気遣いをしたんだろ?」
「どういうことですか、一馬先輩?」
「六花ちゃんがこの辺りにいるって教えてくれたのは、天ヶ瀬なんだよ」
「そうなんですか!?」
「……ああ、俺が教えた」
速水は驚いて俺に事実かどうか聞いてくる。
俺はこの状況に罪悪感がありすぎて、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら答えた。
「それで僕が思った以上に早くこの場に着いたから、出るに出られなくなった。そうだろ、天ヶ瀬?」
「そういう……っああ! そういうことだ!」
あっぶねぇ! つい片桐の言ったことを否定しようとしたけど、否定したら和奏が草の影にいることがばれるところだった!
俺は少し焦りながら答えると、速水が訝し気に俺を見ていた。
「……なんか天ヶ瀬先輩、変じゃないですか?」
「……イツモドオリダゾ?」
こういう変な気遣いをして困るようなことが今まで自分だけだったから、どう対応したらいいのかさっぱりわからねぇ!
「なぁ天ヶ瀬。僕は覗き見していたことに関して、別に気にしていないからお前も気にするな」
「お前……それ」
「ぷっ、前に天ヶ瀬に言われたことのお返しだ」
片桐は俺と似たような口調で気にしないように言って来たため、俺は驚いてしまう。
そんな俺の表情がおかしかったのか、片桐は少し笑ってから話を続ける。
「というか見られたことは恥ずかしいけど、こういう時間を作ってくれたことには感謝してるんだ。ありがとう」
別に大したことをしたわけじゃない上に、覗き見をしていた俺に対して片桐はお礼を言って来た。
まさか感謝されるとは俺は思っておらず、不意打ちで言われたお礼にどこか照れくさくなる。
しかし、覗き見をしてしまったことについては何かお詫びをしないと思った。
「それでも俺が覗き見してしまったのは事実だ。何かお詫びをさせてくれ」
「はい! それじゃ飲み物を奢ってください! さっき出店で売ってたタピオカミルクティーが飲みたいです!」
速水がすぐさまお詫びの内容を提案してきた。
「わかった」
片桐は申し訳なさそうな顔をしているが、気にせず財布から千円札を二枚取り出して速水に渡す。
「じゃあ、これで二人とも買ってくれ。俺はここで幸太達が来るのを待ってるから」
「天ヶ瀬先輩、ありがとうございます!」
「本当にいいのか?」
「ああ。それにこれで俺の罪悪感が少しは薄れるから、俺の為にも奢られてくれ」
「そこまで言うなら……」
片桐は渋々、俺の提案を承諾した。
速水はすでに俺から受け取った金を持って歩きながら、振り返りつつ片桐を呼んでいた。
「一馬先輩! 早く行きましょーよ!」
「わかったよ! じゃあ、僕達は行ってくるから、少しここで待っていてくれ」
「ああ、わかってるよ。それよりも早く行ってやれ」
片桐はそのまま駆け足で速水の下に向かった。
二人の背中が少し小さくなったところで、俺は和奏に声をかける。
「出てきていいぞ」
「……やっと出れた」
和奏は不満そうな様子で、ゆっくりと草の影から出てきた。
「お節介を焼くなら、事前に一言欲しかった」
「すまん……でもしょうがないだろう。思いつきだったんだから」
俺達はそんな会話をしながら、片桐と速水の背中を送っている。
二人は初々しく腕を組んで楽しそうに話していた。
「……いいなぁ」
「和奏もいい人が見つかるといいな」
俺は和奏の言葉にそう返す。
その時にふと視線を感じたため、和奏の方を見るとジト目で俺を見ていた。
「なっ、なんだよ」
「……修司ってそういうとこあるよね」
「どういうことだ?」
「はぁ……なんでもない」
和奏はため息をつきながら、何やら俺に対して呆れていた。
俺は呆れられている理由がさっぱり分からず戸惑っていると、和奏は何かを考え込み始めた。
「……自分のことに……さっぱりなんだもん……やっぱり……」
和奏が何かブツブツと呟いているが、俺には小さくて聞き取れなかった。
「なぁ……俺が何かしたのか?」
「べっつに~。修司がお馬鹿さんだなって思っただけかな~」
「おい!? 急になんだ!」
「なに~? お人好しのお馬鹿さんなんだから、しょうがないでしょ~?」
「それはっ!」
「ほら! 否定できない~」
和奏は怒ったり戸惑ったりする俺の反応楽しみながら笑っていた。
それから幸太達が来るまで、俺の反応をおもちゃにして和奏に遊ばれ続けた。