第七十話 美少女後輩の逃走と捜索
「着いたぞ!」
幸太がワクワクしながらそう言うと、怪しげで真っ黒な外観に包まれたお化け屋敷があった。
各々が楽しそうにしている中、速水だけは入る前から涙目になっている。
「先輩方……本当に入るんですか?」
「ここまで来て何を言ってるんですか? 早速並びましょう!」
もう桜花夫婦は楽しみすぎるのか、入る気満々で並び始めた。
俺達も二人について行くように並ぼうとすると、片桐がお化け屋敷でのルールが書いてある看板に目を向けていた。
「お化け屋敷の定番と言えば定番だけど、二人一組で入って行くみたい」
「えぇ……みんなで入るんじゃないんですかぁ……」
速水がもう泣きそうになりながら弱音を吐く。
しばらくそのまま話していると、俺達の番が回ってきた。
「そうだ! ここはさっきジェットコースターに乗らなかった一馬先輩と神代先輩で入ってください! 私は天ヶ瀬先輩と一緒に休んっ……入りますから!」
おいおい……適当に言い訳を作って、お化け屋敷を回避するつもりかよ、そんなわかりきったことを俺がさせるわけないだろう。
「片桐と一緒にお前が入るんだよ。怖いって理由で片桐にでも抱き付け」
「うっ……心が揺さぶられる提案ですけど、でもぉ……」
速水は本当に苦手なようで、未だに渋っている。
このままうだうだしていても仕方ないと思ったので、俺は幸太と一之瀬を先に行かせることにした。
「お前ら先に行ってくれ。次に片桐と速水を中に入れるから」
「わかった! じゃあ先に楽しんでくる!」
「はい! 行きましょう幸君!」
そう言って二人はお化け屋敷の中に入っていく。
二人を見送ると、片桐は速水を説得していた。
「六花ちゃん、もしかしたら楽しいかもしれないから頑張って入ってみない? 無理そうなら途中でリタイヤできるみたいだしさ」
「一馬先輩がそう言うなら……」
「「ぎゃああああああ!!」」
片桐の説得で速水が中に入ると思われたが、幸太と一之瀬の悲鳴が聞こえてきた。
これはまずいと思って速水のほうを見ると、さっきまでの表情が全てなくなって、恐怖の色に染まっていた。
「やっ……やっぱり無理ですー!」
「おいっ!」
「えっ!」
「六花ちゃん!?」
速水はそう言いながら、列を外れて何処かへ逃走した。
俺と片桐と和奏の三人は速水の行動に驚いて、声は出るもののまったく動けなかった。
「ちょっと! この状況どうするんですか!?」
「わからん! とりあえず列から抜けるぞ!」
「わかった!」
俺達は並んでいた列から抜け出して、周りを見渡しながら速水を探す。
しかし、もう何処に行ったのかわからなくなってしまった。
「早く探さないと!」
「ちょっと待て!」
片桐は慌てて走りだそうとするが、俺が腕を掴んで止める。
「なんだ!」
片桐は怒りながら振り向いて、そう聞いてくる。
前の揉め事のようなこともあったので心配する気持ちもわかるが、このままだと三人の中の誰かが見つけていても知らせることが出来ない。
「速水を見つけたら連絡できるように連絡先を交換するぞ。あと探した場所や状況報告できる」
「わかった!」
「神代もいいよな?」
「はい」
「それじゃあ、見つけたら教えてくれ!」
片桐は俺と和奏に連絡先を渡すと、すぐさま速水を探しに走り出した。
流石はサッカー部ということもあり、片桐はすぐに見えなくなる。
「とりあえず俺達も速水が走り去った方向に向かって、途中で手分けして探すぞ」
「わかりました!」
恐らく速水が走り去った方向、さっきまで遊んでいたジェットコースター付近を片桐は探していると思う。
そのため、俺と和奏はジェットコースター付近とは別の場所を手分けして探し始めた。
速水を見失ってから、そんなに時間は過ぎてないはずだが未だ見つからない。
人が多すぎて他の人達に紛れていたらわからないこともあって、探し始めて数十分ほど経過していた。
途中でお化け屋敷から出てきた幸太達が連絡してきて、俺が事情を説明すると、幸太達も手分けして探し始めてくれた。
探し始めてから一時間が経とうとした時、ようやくベンチで座っている速水の後ろ姿を見つけた。
見つけた場所はお化け屋敷から、そんなに離れていない場所だった。
恐らく俺達がお化け屋敷に入ってると思って戻ってきたのだろう。
俺は声をかけようとするが、あることを思いついて声をかけるのをやめた。
携帯を取り出して、片桐にメッセージを送る。
『速水をお化け屋敷近くのベンチ辺りで見かけたが、人が多くてまた見失ってしまった。歩いていたから、まだ近くにいると思う』
『すぐに向かう』
メッセージ送ると片桐からすぐに返信があり、すぐにこちらに来るようだ。
このまま片桐と速水の様子を見るのは野暮だと思い、その場から離れようとする。
だが、向かい側に最悪なタイミングで和奏がいた。
和奏は俺に気付かず、速水の下に走って近付いていく。
あーもう! あのポンコツ偽お嬢様がっ!
急いで和奏の下に向かって、和奏が声をかける直前に和奏の口を塞いだ。
「んっ!?」
そのまま和奏を連れて、ベンチの後ろにあった草むらの影に身を隠した。
和奏は少し暴れそうになったが、俺の顔を見て驚いて固まってくれた。
そのまま俺は人差し指を自分の口に当てて、静かにするように和奏に伝える。
「え? 何かいる?」
軽く草の音を鳴らしてしまったため、速水がベンチから立った音がした。
頼む! こっちまで来ないでくれ!
俺は心の中でそう願っていると、神様が願いを叶えてくれたのか、望んでいた人物が現れた。
「六花ちゃん!」
「っ……一馬先輩」
俺は心の中で安堵して、音が漏れないように息を吐く。
口を塞がれている和奏は、どういう状況なのか分からず戸惑っていた。