第六十五話 夕飯とケーキ
俺達はひとまず自分達の部屋に帰った。
俺が少し濡れていたこともあり、和奏から一度シャワーを浴びてから部屋に来るように言われてしまったからだ。
荷物を置いて、手早くシャワーを浴びて着替える。
いつものスウェットを着て、鏡の前で髪をドライヤーで乾かしていく。
その時に自分の服装を見て、これから人に会うのにこのままでいいのだろうかと悩むが、ベランダでお互いにラフな格好で話していることを思い出して、このまま和奏の部屋に行くことした。
髪を乾かして連絡を待っていると、三十分後くらいにメッセージが送られてきた。
『もう来ても大丈夫』
『わかった。じゃあ今からそっちに行く』
俺は返事を送って部屋を出る。
部屋の前に着いてインターホンを押せば、和奏がすぐに扉を開けて部屋に入れてくれた。
部屋の中に入る時に何故か戸惑ってしまい、少しオドオドしながら部屋に入っていく。
「……お邪魔します」
「どうぞどうぞ。ってなんでそんな緊張してるの? 前に入ったことあるでしょ?」
「緊張してるのかわからんが……前の時はやむを得なかっただろ……」
「そうだったね。じゃあ、今日はあの時のお礼ってことも込みで食べてって」
「そういうことなら」
そのまま和奏に連れられてリビングに入れば、テーブルに料理が並べられていた。
その中で一番俺の目を引いたのが、金色に輝いたじゃがいもに、彩り良く入ってる人参や玉ねぎに、さやえんどう。
そして、美味そうに煮込まれた牛肉が入っている肉じゃがが、大皿に盛りつけられて、テーブルの真ん中に置いてあった。
「お……おお」
俺はそんな光景と美味そうな香りに感動して声を漏らしてしまう。
横で和奏が、子供を見るような目で俺を見ていたような気がするが、今はそれどころではない。
「これ……本当に食べていいのか?」
「そのために用意したんだけど?」
そう言葉を交わした後、俺達はテーブルを挟んで向かい合う形で座布団に座った。
「それじゃ……」
「うん」
俺達は顔を見合わせた後に、自分の手を合わせる。
「「いただきます」」
俺はすぐに目当ての肉じゃがに手を付けた。
まずは肉じゃがのメインである牛肉、それからじゃがいもの順に食べていく。
「っ~」
染み込んだ出汁と肉の旨みが口の中に広がり、じゃがいもは良い感じに柔らかく口の中で簡単に崩れていく。
俺はあまりの美味さに声にならない声が出てしまった。
「ふふっ、どう?」
和奏は俺の表情でわかりきっているだろうが、味の感想を聞いてきた。
「めちゃくちゃ美味い。それに温かい状態だから、前に食べたものとはもう別物だ」
「よかった~」
俺はそのまま夢中で食べ進め、あっという間に完食してしまった。
それから余韻を楽しみながら、ゆっくりとお茶を飲んでいた。
和奏は俺の様子を見ながら食べていたため、俺が完食した少し後に食べ終わる。
「ごちそうさま」
「お粗末様」
「本当に美味かった。こんなのお礼のケーキだけじゃ足りないかもな……」
「気にしなくていいって。この前看病してくれたお礼だから」
「でもな……」
「そんなことより、ケーキケーキ♪」
和奏は俺の様子などまったく気にせず、ケーキを取りに行ってしまう。
渡した時はそんなに嬉しそうな様子ではなかったが、今は楽しみで仕方ないようで鼻歌が聞こえてくる。
思ったよりも喜んでくれてよかった……買ってきて正解だったな。
俺がそんな風に思っていると、和奏は皿とフォークとケーキの入った箱を持って戻ってきた。
「ちなみにまだ中見てないんだけど、何を買ってくれたの?」
「ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキの三種類だ」
「ショートケーキ!」
和奏はそう言って、嬉しそうに箱の中を開けた。
箱の中は俺の言った通り、三種類のケーキが入っている。
ショートケーキは苺がたくさん入っているもの、チョコレートケーキは粉砂糖がかかっているカップケーキのようなもの、チーズケーキは中がフワフワのスフレのようなものの三種類だ。
和奏はものすごい早さでショートケーキを自分の皿に移動すると、皿を持ち上げてケーキの断面を見る。
「わぁ! 苺がたくさん入ってる!」
「ショートケーキが一番好きなのか?」
「うん!」
和奏は目を輝かせて返事をすると、またショートケーキを眺める。
帰り道で俺のことを子供みたいと言っていたが、和奏も人のことを言えないくらい子供っぽくなっていた。
そんな和奏を見て俺は少し笑いながら、同じように言い返してやる。
「和奏のほうが、よっぽど子供っぽいぞ」
「いいでしょー好きなんだから」
和奏は少しだけ頬を赤く染めながら、ジト目で俺を見てきた。
そんな和奏がまた少しおかしくて、俺は笑ってしまう。
和奏は拗ねてそっぽを向いただが、すぐに何かを思い出してキッチンに向かった。
しばらくすると、両手に湯呑を持って戻ってきた。
「ケーキを食べるならこれがないと!」
「これは?」
「緑茶だけど?」
「えっ、普通は紅茶とかじゃないのか?」
「ふっふっふ……修司は知らないのか―。和菓子に緑茶が合う様に、洋菓子にも緑茶が合うの」
何やらテンションが上がっているからなのか、和奏が妙なしゃべり方で不敵な笑みを浮かべている。
俺は半信半疑でケーキと緑茶のセットを見てしまう。
実家では洋菓子が出てきたときに紅茶を飲んでいたから、ケーキに緑茶という組み合わせはしたことがなかった。
「あー信じてないでしょ? 本当に合うんだから」
和奏はショートケーキを一口食べて美味しそうな表情をした後、緑茶を飲んでほっとする様子を見せつけられる。
俺は正直どうなんだろうと疑問に思いながらも、和奏の見よう見まねでチーズケーキを一口食べた後に緑茶を飲む。
「……確かに合う」
「でしょー?」
ケーキで甘くなった口の中が、緑茶の少し渋い感じにマッチしてすっきりした感じになる。
確かにこれはこれでいいものだ。
「ん~♪」
和奏はそのまま美味しそうに黙々と食べている。
その様子を見ながら、俺は買ってよかったなと思った。
俺が見ていることに気づいた和奏は、少し食べる手を止めて、ケーキと俺を交互に見た。
「……欲しい?」
「大丈夫だ。遠慮なく全部食べてくれ」
「……そう?」
俺が頷くと、和奏は少し躊躇しながらも食べるのを再開した。
そんな躊躇もケーキを一口食べればなくなっていた。
なんか……好きなものに真っ直ぐなところは、俺と少し似てるんだよなぁ。
美味そうにケーキを食べる和奏を見ながら、そんなことを思った。
それからケーキを食べ終え、夕飯をご馳走になった俺が皿洗いなどの後片付けをして、自分の部屋へ戻った。




