第六十一話 過去と救い
「俺が中学の時だ。その頃はこんな性格じゃなく、明るさだけで言うなら幸太に近いような感じだ」
「え?」
「和奏からしたら、今の俺しか知らないから信じられないだろうけどな……少なくともあの頃は友達が多かったほうだ。初対面の人が少し苦手なのは変わらないけど」
和奏は少し驚いた後、申し訳なさそうに苦笑いをしていた。
俺はそんな和奏を見て、少しため息をつきながら話を進める。
「……だけど俺が危惧していなかったせいで、少しずつ何かがおかしくなっていった。和奏にも前に少し話したと思うが、俺が面倒なことに首を突っ込んだり巻き込まれたりすると、結局関わった奴に良いことがあるって」
「うん」
「その良いことのほとんどが恋愛関係なんだよ。中学って思春期真っ盛りだから、恋だの彼氏彼女って言葉に興味がある奴が多かった。俺が関わったことがきっかけで、彼氏彼女ができたり男女の仲が深まるとか。例で言えば幸太とか片桐とかそうだろ?」
「え……あれ? そうかも……」
「まぁそれで昔の俺はそんなこと気にせず、幸太や片桐の時のように助けるのが当たり前のようになっていた……。それが後々良くないことになるなんて一ミリも思わずに……」
俺の最後の言葉を聞いて、和奏は緊張するように息を飲んでいた。
俺は一呼吸おいて、事件の発端となった要因を話し始める。
「……そんな時期に、俺の知らないところで一つの噂が流れ始めた。それは俺と関わっていると、好きな相手と結ばれる……要は俺と関わると、好きな人と恋人になれるかもしれないって話だ」
「え……それって」
「……その噂が広まったくらいの頃から、急に俺に話しかけてくる奴が増えた。普通に考えたらおかしいだろ? だが俺は下手に友達が多かったのもあって……その疑問が浮かんでこなかった。その結果、真実を知れば俺は良い様に周りに使われていたってわけだ……便利な道具としてな」
和奏は俺を心配をしているのか悲しそうな顔をしていた。
正直これ以上、和奏にそんな辛そうな表情をしてもらいたくて話したくなかった。
だが、それは和奏の覚悟に対して誠実じゃない気がしたので、俺は話を続けた。
「……俺が真実を知った時に幼馴染の朝倉……あれだ、今日俺に謝っていた奴だ。その朝倉と仲が良かったクラスの奴が、とある話をしているのを聞いた。その内容が俺を使って朝倉を落とせるかってものでな……しかもだめだったとしても食えればそれでいいってよ」
「……っ」
和奏も先程の悲しい表情から、胸糞悪いといった怒りの表情に変わった。
「その時には朝倉と海斗が両想いなことを俺は知ってたからな。そんな下衆野郎と関わるのをやめてもらうために、俺は逸早く朝倉にそのことを伝えたんだ。そしたらな……そんなわけないじゃん、友達をそんな風に言うなんて最低だよってな……。そりゃそうだ……少し仲が良い幼馴染と、毎日のように話しているような仲が良い友達。比べるまでもない……信頼の差だ」
俺は乾いた笑いを浮かべながら、俯いて足元を見た。
「……幼馴染の情なのか、それでも朝倉を不幸な目に合わせたくなくて……海斗に相談して朝倉のことを任せた。ただ騙されていた自分も悪いが……俺はその下衆野郎が許せなくて、後日そいつが学校で話しかけてきたときに殴り倒しちまった」
俺はその時のことを思い出してため息をつく。
別に殴ったことに対して後悔した覚えはないが、それでも最初から俺が人助けや人と関わることしなければ、こんなことにならなかったのだろうかと思っていた。
「それから自業自得だが、俺はしばらく自宅謹慎になってな……。謹慎が解けて学校に行けば、俺と関わってから付き合った奴らや男女仲が悪くなった奴らが俺のこと悪く言ってたらしく、その話が広まってて……それから学校に居場所なんかなくなった」
「修司は……誰かに話したりとか……」
「俺から話したのは両親くらいだな。海斗には朝倉との関係に亀裂を入れたくなかったから関わらなかった。あとは……俺達の学校にいる琴吹先生が中学の時に担任だったんだ。それで話を聞きに来て、俺が事件を起こした時に、庇ってくれたくらいだな。結局……俺がやったことは事実だし、その下衆野郎が糞みたいな計画を立てていた証拠なんかどこにもなかったから、自宅謹慎は変わらなかったけどな。それでも先生には感謝してる」
俺は簡単に一通り昔の話を終えると深呼吸をする。
こんな話を誰かにするなんて初めての経験で、若干疲れてしまった。
「それが……修司が人と関わろうとしない本当の理由なの?」
「そうだな……俺が関わらなければ誰も不幸にならないしな。まぁ幸太や一之瀬と友達になっちまってるけど……いつか距離を置かないととは思ってるんだが……」
「……ふざ……で」
和奏は肩を震わせながら小さく何か呟いていた。
俺は聞こえなかったため、気になって和奏を見ていた。
「和奏?」
「ふざけないで! なんで修司がそんな責任を感じるの! 全部悪いのは、噂を広めた人達と噂を信じて実行してた人達でしょ! 修司はただ親切にしてただけなのに……どうしてそんなに自分を責めるの! 修司は何も悪くない!」
そう言って激怒した和奏は泣いていた。
俺の為に……俺のことを思ってなのか、その涙が俺の心に刺さる。
自分の中で溜め込んでいたものを、全部吐き出したくなるようなそんな衝動に駆られた。
「ねぇ修司。もう二度と自分を責めたり、自分のやったことを否定しないで……。修司に救われたって人の気持ちを……私の気持ちをなかったことになんかしないで」
和奏の言葉で、俺は溜め込んでいたものが涙となって溢れてしまった。
やり方は間違えたかもしれない……でも、今まで俺が誰かのために動いてきたことは間違いなんかじゃない、誇っていいことなんだよと言われているように思えた。
それからしばらく、俺は嗚咽をもらしながら泣き続けた。