第五十二話 お隣さんと勉強
次の日は会長からの呼び出しはなく、すぐに帰宅して家で勉強する日が続いて休日を迎えた。
先週に神代と約束した通り、俺の家で一緒に勉強していた。
「何か飲むか?」
「いいの?」
「俺が飲むついでだ。まぁコーヒーと紅茶くらいしかないけど」
「じゃあ……紅茶で」
俺はキッチンでコーヒーと紅茶を用意する。
入れ終わると、神代の手元に紅茶の入ったカップを置いた。
「ありがとう」
神代はお礼を言うと、背伸びをして固まった体を伸ばしていた。
そのまま少し休憩を取ることにすると、神代は紅茶を飲みながら俺を見ていた。
「どうした?」
「今更だけど、どうして二年生になってから一人暮らしを始めたの?」
「学校から家まで遠いからな。それで一人暮らしを始めたんだ」
俺は目を逸らして答えた。
神代は不思議そうな顔をするだけで、それ以上何も聞いてこない。
「……神代は一年の頃から一人暮らしなのか?」
「……私も家が遠かったから」
俺が誤魔化すように聞くと、神代も視線を逸らして答えた。
少しだけ沈黙が続く。
「神代はどうしてこんなに頑張って勉強するんだ?」
「え?」
俺は話題を変えるために、そんなことを聞いた。
神代は驚いていたが、戸惑いながらも話してくれた。
「えっと、国公立の推薦が欲しいからかな。うちの学校って、生徒会に三年間在籍しているだけで推薦がもらえるの。生徒会に入る条件が条件だから、必然的にもらえるってシステムなんだけど」
「なるほど、確かにな」
「それで進学するにしてもしないにしても、家族に負担を掛けたくなかったから頑張ってる」
理由を言い終わると、神代の表情は真剣な顔で、何かを決意しているようだった。
「それじゃあ、俺の勉強を見るよりも、一人で勉強した方がいいんじゃないか?」
「ううん。これはこれで私の復習にもなるから、天ヶ瀬君は気にしなくていいの」
俺が気にしなくていいように、神代は笑顔でそう言った。
「ほんとに助かる」
「うん! むしろもっと聞いてくれて構わないから!」
神代は自分の胸を叩いて、任さなさいと言ったようなジェスチャーを取った。
「それじゃあ早速。この問題なんだが」
「うんうん」
神代が問題を見ているのを確認すると、先程までの少し気まずい雰囲気を変えられたことに安心した。
誰にも言いたくないことの一つや二つある。
それは俺も神代も一緒だろう。
無理に聞いて関係を壊すようなことをするくらいなら、何も聞かないのがお互いの為だと考える。
そこで、ふと疑問に思う。
あんなに神代と関わるのが嫌だったのに……俺は今の関係を壊したくないのか?
そんな疑問に思って考え込む。
「ねぇ、聞いてる?」
俺は神代の言葉で我に返った。
「え?」
「天ヶ瀬君が聞いてきたのに、話聞いてなかったの?」
「すまん。悪いけど、もう一度説明してくれ」
「次はしっかり聞いててよ?」
「ああ」
神代の説明に集中し始めると、先程考えていたことをもう忘れていた。
そして、俺達はそのまま勉強を再開した。
あれから勉強に集中していたら、いつの間にか時間が十八時近くになっていた。
「夕飯はどうするんだ?」
「昨日の作り置きがあるから大丈夫」
神代はそう言って勉強道具を片付ける。
その時、神代から鼻をすする音が聞こえる。
「ティッシュをもらっていい?」
「ああ」
ティッシュボックスを神代に渡すと、そこから二枚ほど取って鼻をかんだ。
「風邪か?」
「うーん。そうなのかも」
神代はチリ紙を片付けながら答えた。
「最近寒いからな。熱とかは大丈夫か?」
俺は少し心配して、神代の体調を気に掛けた。
「熱とかはないから大丈夫だけど、念のために今日は早く寝るようにする」
神代は大したことじゃないと言った様子で、そう言ってきた。
「そうしてくれ」
「心配してくれて、ありがとう」
神代はお礼を言うと、俺の部屋を出て行った。
最後に見せた少し具合の悪そうな表情が気になったが、考えていても仕方ない。
俺は気にするのをやめて、夕飯やらを済ませて、少し一人で勉強してから寝た。
次の日も朝食を取ってから勉強していたが、どうしてもわからない問題が出てきた。
今日は神代と勉強する約束をしていないので、神代はいない。
飛ばして別の問題をしてもいいのだが、とりあえず神代にメッセージを送って、その後どうするか決めることにした。
俺はメッセージを送って、しばらく勉強を進めていた。
だが送ってから、いつの間にか一時間以上過ぎていた。
たまたま見ていないのか、もしかしたら集中して勉強しているかもしれないと思って、とりあえず昼までは暗記教科を重点的にやっていく。
しかし昼になって、しばらくしても返信が来ない。
うーん、もう一度メッセージを投げてもいいが、それはそれでどうなんだろうか。
俺はどうするか考えていると、昨日の神代の様子が少し気になった。
部屋を訪ねていなかったらいなかったでいいし、出てきたら教えてほしいと頼めばいいか。
少し悩んだ結果、部屋を訪ねていなかったら、また別の日に教えてもらうことに決めた。
神代の部屋の前に立つと、引っ越して来た初日を思い出す。
あれから、まだ二ヵ月くらいしか経っていないのか。
俺はそんなことを思いながら、あの時よりも緊張せずにインターホンを押した。
すると、中から物音が聞こえてくる。
ああ、あの時もこんな感じだったな……。
そんな風に感じていると、玄関の扉が開いた。
「……あぁ……天ヶ瀬君か……」
玄関を開けて出てきたのは、昨日よりも圧倒的に具合の悪そうな神代だった。