第五十一話 会長の言葉と帰り道
それから勉強し続けていると、気付けば十九時になっていた。
俺達はキリがいいところで、帰る支度をする。
「……疲れた」
幸太は普段から勉強していないせいか、かなり疲労している様子で、机でうつ伏せになっていた。
「ほらさっさと準備して帰るぞ」
「おー……」
そう言って俺達は生徒会室を出ようとする。
そこで、会長が何かを思い出したかのように声を上げた。
「すみません。天ヶ瀬君に伝えることがあったことを忘れてましたので、少しお時間をもらってもいいでしょうか?」
え……正直嫌なんだが。
俺が嫌そうな顔をしていると、会長は今までと違って申し訳なさそうに笑った。
「私達が一緒ではいけないんですか?」
神代が不思議そうに聞いた。
「はい、でもすぐに済みますので。皆さんは玄関とかで待っていてください」
幸太と一之瀬も疑問に思ったのか、会長の様子をうかがいながら、三人とも生徒会室を出て行った。
俺は少しため息をついて会長を見た。
「……何の話なんだ」
「いえ、大した話ではないんです」
会長はいつものニコニコしているような笑顔ではなかった。
「どうか、わかちゃんのことをよろしくお願いします」
優しそうに誰かを慈しむようにそう言った。
急にそんなことを言われた俺は、どう反応すればいいのかわからなかった。
「詳しいことは私から話せないですけど、あの子が素直じゃなくて苦労することもあるでしょうから……」
「……なんで俺なんだ?」
「んーそうですねー」
会長は手を口に当てて少し考える。
「わかちゃんの様子を見ていて、天ヶ瀬君に気を許しているような感じだったからでしょうか?」
「気を許している?」
普段と変わらない、いつもの神代だったと思うんだが……。
「そう見えますよ。でも、これ以上私から何か言うのは野暮というものですね」
そう言いながら会長は鞄を持って、生徒会室を出て行こうとする。
「おい! ちょっと待て!」
「またいつかこんな風に楽しくお話しましょうね~」
俺の制止を聞かず、会長は帰ってしまった。
そのまま生徒会室に一人残された。
会長の言葉が気になるけども、考えたところで答えは出るはずもなかった。
一人悩みながら玄関に向かうと、神代が靴も履き替えずに待っていた。
「もう終わったんですか?」
「あ……ああ」
神代が待っていたことに戸惑いながら、俺は短く答えた。
そのまま俺達は靴を履き替えると、一緒に校門を出た。
「なんで先に帰らなかったんだ?」
俺は歩きながら神代に聞いた。
「どうせ帰る方向が一緒なんだし、いいでしょ別に」
神代は学校を出たので、普段の口調でそう答えた。
「それに一人で帰るのってつまんないし……」
そう言った神代を、俺は何となく眺めていた。
「結局、会長の話はなんだったの?」
神代は歩きながら何気なく聞いてきた。
「いや、大したことじゃなかった」
「……ふーん」
神代は何か考え事をしながら、興味がなさそうにしていた。
一瞬、会長の言葉が頭をよぎるが、そんな自惚れた妄想をすぐさま頭から消す。
そういうのはモテる主人公だけで、俺みたいな奴がこんな美少女に好かれることなんかない。
神代が気を許していたように見えたのも、俺が神代の本当の性格を知っているからだろうと思って、頭を振って考えるのをやめた。
神代は不思議そうに俺を見たが、なんでもないと適当に誤魔化した。
誤魔化したことはバレていただろうけど、神代は深く聞いてこなかった。
そして何かを思い出しながら、うっとりして口を開く。
「今日は玲香お姉ちゃんの手品すごかったなー」
「……確かに勉強のことなんか忘れて、楽しそうに見てたもんな」
「……うっ……それは」
神代は少しバツの悪そうな顔をした。
「手品が好きなのか?」
「好き! なのもあるけど、よく玲香お姉ちゃんが見せてくれたの」
「そうなのか?」
「うん。簡単なやつばっかりだったけどね」
神代は笑顔でそう言った後、すぐに考え込んだ。
「……今日はどうやったんだろう」
どうやら手品の種について考えているみたいだ。
神代の様子を横目で眺めながら歩いていると、神代が聞いてくる。
「天ヶ瀬君はどうやって十円玉を移動させたかわかった?」
「うーん、あれじゃないか? 俺と神代の後ろから話しかけてきた時に準備したんじゃないか?」
「最初に話しかけてきたときってこと?」
「ああ。俺のポケットに十円玉を入れられるとしたら、その時だろ」
「でも、私が確認したのと同じ十円玉だったけど?」
「どちらも仕掛け人の道具なんだから、二つあってもおかしくないんじゃないか?」
「……なるほど」
神代は俺の予想を聞いて、頭の中で手品のことを振り返っているようだ。
しばらくすると納得したのかこちらを向いた。
「……うん。天ヶ瀬君の言った方法が一番現実的な種っぽい」
「そうか、ならよかったよ」
俺がそう言うと、神代は歩きながら背伸びをして体を伸ばした。
「ん~! しっかり勉強もできたし、今日は楽しかったなぁ~」
そう言った神代を見ると、満足そうな笑顔で余韻に浸っていた。
俺は会長のせいで、かなり疲れたけどな……。
俺はそんなことを思いながら苦笑していた。
そのあとも適当な雑談をしながら、俺達は一緒に帰宅した。