第五話 高嶺の花には棘がある
教室から出た俺は行く当てもないので、無意味に他のクラスの様子を横目で見ながら廊下を歩いていた。
正直周りの様子なんかどうでもいいが、時間稼ぎくらいにはなるだろう。
すると噂をすればなんとやらなのか、神代が向かいの方から周囲の男達の視線を一身に集めながら歩いてきた。
一瞬だけ俺と目が合ったが、もちろん不干渉の約束があるために俺は無視を決め込む。
神代もそれを察したのか、会釈も無くすれ違って行った。
君子危うきに近寄らずとはこのことだな、昔の人はいい言葉を残したくれた。
俺はそんなことを思いながら、本来の目的であるトイレに向かうのだった。
ホームルームが始まるころ、俺は教室に戻り自分の席に着いた。
幸太は照れくさそうに手を合わせて感謝してきたが、俺は顎で前を向くように諭した。
しばらくすると、チャイムと同時に担任の先生が入って来て、軽く自己紹介をする。
その後、すぐに出席確認を終えて、席替えのくじ引きが始まった。
新学期初めに席替えをするのは、この学校の決まりだ。
学校曰く色々な人と関わりを持ってもらうのが目的らしい。
好んで関わりを持たない俺みたいな奴もいるのだから、あんまり意味はないと思う。
幸太は率先してくじを引きに行ったが、席替えに興味のない俺は最後の方にくじを引いた。
全員がくじを引き終わると、先生が席を移動するように指示する。
俺の席は窓際の一番前の席だった。
一番前ということで、授業に集中せざるを得ないところは残念である。
だが、日が差し込むこの席は、昼寝をしても読書をしてもなかなかいい席だ。
そんなことを考えていると、よく聞いているような声が俺を呼ぶ。
「お隣は天ヶ瀬君ですか? 幸君じゃないのは残念ですけど、知らない人よりは全然いいです。一学期よろしくお願いします」
「……一ノ瀬は思ったことをはっきり言うなぁ。とりあえず、よろしく」
「はい。ところで幸君は、どの席なんでしょうか」
「そういえばあいつの席ってどこだ?」
俺と一之瀬は教室を見渡して幸太を探す。
窓際の一番後ろの席から、羨ましそうに俺のほうを見ている幸太がいた。
「あいつ結構いい席だったな」
「ですね。天ヶ瀬君、幸君の席が良いのなら替わってあげたらどうですか?」
「いや俺は別にいいけど、それってお前が幸太の近くがいいだけだろ」
「ばれちゃいましたか。でも、今言ったことは本当のことですよ?」
「……はいはい。幸太が先生に直談判して、替わってもよかったら喜んで替わりますよ」
「……つれない返事です。でも、幸君なら先生に何か理由をつけちゃうかもしれないですね」
「お前の隣が俺だからなぁ。確かにやりそうだ」
「先生! 最近俺視力が落ちたみたいで、前の席の人と替わってほしんですけど問題ないですか!?」
一之瀬と軽い雑談をしていると、急に後ろの方から幸太の直談判が聞こえてきた。
「幸君ってば、もうぅ」
一之瀬は恥ずかしがってる割には満更でもなさそうだ。
「おー赤桐! やっと真面目に授業を受ける気になったか! じゃあ誰か替わってくれるやつは……」
「修司が替わってくれます!」
あいつ無理やり俺と替わる気かよ……まぁこっちとしてもメリットしかないから別にいいけど。
「じゃあ、天ヶ瀬すまん。替わってやってくれるか?」
「わかりました」
俺はすぐに席を移動し始め、すれ違いざま幸太に貸し一つと伝えると、自分の新しい席に着いた。
クラス全員が席を移動するまで、読書でもして待っていようと本を取り出そうとしたとき、不意に声をかけられた。
「隣は……天ヶ瀬修司君ですね。初めまして、よろしくお願いします」
隣の席の住人が移動してきたみたいだが、何やらとてつもなく嫌な予感がする。
どこか聞き覚えがあって、なおかつ俺の中で一番聞きたくない声が聞こえてきたような気がした。
頭で理解しないようにするが、体が嫌な予感を感じ取って変な汗が出ている感じがする。
本を取り出そうとしているため、視界には自分の鞄の中身だけが写っている。
このまま隣の住人を見ずに挨拶すれば問題ないのではと一瞬思うが、どのみち隣になった時点で嫌でも顔を認識することになる。
俺は儚い希望を持って隣の席を見た。
「あぁ……よろしく……」
俺の儚い希望は無残にも砕け散り、引っ越しの挨拶で見たときと同じ笑顔の神代和奏がそこにいた。
「随分と不満そうな顔をしますね」
「ああ、俺は美少女と人気者が苦手だからな」
「では、私のことは苦手ということですか?」
「違います……すごく苦手ということです」
「そうですか。でしたら、一学期中は頑張ってください」
神代はそう言って静かに席に着き、次の授業の準備を始めた。
席替えをしてから休憩の度に、神代の周りには人が集まって話をしていた。
大半が女子ではあるが、イケメンの部類に入る男も何人か話に参加している。
そんなもの俺には関係ないので静かに本を読むが、それでも隣の席にいるため会話の内容が聞こえてきてしまう。
「神代さんの金髪って、やっぱり綺麗だよねぇ~! 何か特別な手入れとかしてるの?」
「それ私も聞きたかった!」
「大したことは特にしていませんよ。自分の髪に合ったトリートメントを使っているだけです」
「えーうそぉ! やっぱりお金持ちだから特別なやつとか使ってるんじゃないの?」
「えっと……家にあるものを使っているので、そういうのは特に気にしたことがなくてですね」
「えー! やっぱりなんか特別なやつを知らないうちに使ってそー!」
おーなんとか綺麗に誤魔化したな。
神代は本当のことは言っているが、あえて金持ちを否定しないような言い方をしたのか、本性がバレないようにしていた。
「神代さん、今度僕達皆で遊ばない? せっかく同じクラスになったから、交流を兼ねてさ」
おお、イケメン君はぐいぐい行くなぁ。
あえて皆でと言うことで相手に警戒を与えずに、交流もとい口説きに行く作戦みたいだな。
「家のことで色々とやらないといけないことがありまして、予定がわからないんです。放課後は生徒会等で忙しくもあって……誘ってくれたのに申し訳ありません」
「いや、こちらこそ急にごめんね。ならRINEのID交換しない? 予定が空いたら連絡してくれればいいからさ!」
おお、神代の鉄壁ガード読みで投げに変更してきたか……場慣れしてるタイプのイケメンか。
ちなみにRINEとは、手軽にチャットや音声通話ができるSNSだ。
俺は家族(妹以外)と桜花夫婦、あと一人含んだ五人だけ登録している。
「……いえ結構です。一年生の時に私が言ったことは、噂でお聞きしていませんか?」
神代は今までと違った冷ややかな声で、敵意を表しながら言い放った。
「それでしたら改めて……基本的に男性の方に連絡先等をお教えすることはございません。恋愛ごとに興味がない為です。もしこの中にでも、貴方のことが好きな女性がいらっしゃった場合、その方はどう思うでしょうか? いかに私が惚れた腫れたに興味がないと知っていようと、嫉妬してしまうと思います。私が逆の立場であったならしてしまうでしょう。そういった誤解を周りに与えて欲しくないため、今後ナンパ紛いな行いは謹んでください」
冷えた声で聞き取りやすく、そして相手を軽蔑するような視線でそう言った。
イケメン君は、ばつの悪そうな表情をしている。
「もちろん貴方が善意で仰ってくれたことであるならば、お気持ちはありがたいですけれども……お断りさせていただきます。しかし、貴方はあえてこの場でそういった話をすることで、断りづらい空気を作り、意図的に聞いてきた節が感じられます。このようなことをされるのは不愉快極まりないです。二度と私に近づかないでください」
神代の冷たい説教が終わると、イケメン君は顔真っ赤状態で、神代に殴りかかってもおかしくない様子になっていた。
「最後に一言ですが、せっかくそれだけ整った顔立ちをして、尚且つ女性への気配りができるのです。恋愛ごとに一切興味のない私なんかより、魅力的な女性の方がたくさんいらっしゃるのですから、そういった女性にアプローチをかけていってあげてください。そちらの方が、貴方にとっても幸せになることができると思いますよ」
そのまま神代は席を立ち、教室の空気を悪くしてしまったので失礼します、と言って立ち去った。
イケメン君は最後の一言で毒気を抜かれたのか、呆然と神代の立ち去った後を見ていた。
俺はとんでもねぇ偽お嬢様が二重の意味でお隣さんだと少し恐れ、静かに本を楽しむことに戻った。