第四十六話 お隣さんと会長の関係
ご飯を食べ終えると、俺達はお茶を飲みながらゆっくりしていた。
「この前の件、よく会長が手伝ってくれたな」
俺はそんなことを神代に聞いた。
「あ……」
「え? どうした?」
「いやー……ちょっと忘れてたことを思い出して」
神代は何やら気まずそうな顔をした。
「会長から何か言われたのか?」
「うん……天ヶ瀬君にお礼として今度生徒会室に来てほしいって。なんかこの前の続きが聞きたいとかで……」
「……マジか?」
「……うん」
あの変態……まだ話の続きをする気でいるのか……。
神代の言伝を聞いて、俺は頭を抱えて困り果てる。
それと同時に、あの神代が気絶した時のことを思い出した。
「会長のことで思い出したんだが、ぬいぐるみを好きなことって生徒会の全員が知っているのか?」
「ううん、知っているのは玲香お姉ちゃんだけ」
「そうなのか…………ん? お姉ちゃん?」
何やら聞き捨てならない呼称が、神代の口から出てきた。
「あれ? 話してなかったっけ?」
いや、何も聞いてないんだが……。
俺は神代の言葉に黙って頷いた。
「お姉ちゃんって言っても、血が繋がっているわけじゃないの」
神代は少し怪訝な様子だったが、会長について話し始めてくれた。
「実家が近くで、子供の頃によく遊んでもらってたの。その時の名残で、今もそう呼んでる」
「でも、学校だと会長だったよな?」
「そりゃそうでしょ。私が学校でもお姉ちゃんって呼んだら、玲香お姉ちゃんに迷惑がかかるもの」
確かに神代と幼馴染なんてことになったら、質問攻めに合うのは簡単に予想できる。
でも、会長なら何とかできそうな気がするんだが。
「だから、会長も神代のことを愛称で呼んでいたのか」
「うん。でも、玲香お姉ちゃんって誰にでも愛称つけるから、誰も違和感を持ってないみたい。しかもそのおかげで、誰とでも仲良くできる会長として信頼されているし」
天然でそうやっているのか、わざとやっているのかわからないけどな。
でもなんか、素でやっている気がするなぁ。
俺はそんなことを考えると、神代に興味本位で聞いた。
「ちなみに、速水はどんな呼ばれ方をしてるんだ?」
「速水さん? りっちゃんだったかな」
えぇ……その感じで愛称をつけられたりするのは勘弁してほしい……。
俺は心底嫌そうな顔をする。
「誰でもって言ったけど、男の子にはつけないから安心して」
神代に考えていることが伝わったのか、俺が愛称をつけられる可能性を否定してくれた。
「……よかった」
俺は安心して一息ついた。
「男の子に愛称をつけて呼ぶと、勘違いされることがあるんだって」
神代に負けず劣らない容姿の人に愛称なんかつけられたら、確かに勘違いする奴もいるだろうよ。
「でも告白されたとか、そう言った話は聞かないの」
それは性格に難ありって感じだからな。
俺はそんな風に思うが、神代が変態会長であることを知っているのかわからないため、口には出さなかった。
このまま話をしていると、生徒会室に行くような話になりそうだったので話を変えることにした。
「実家はこの辺りのなのか?」
「ううん。隣町の方かな」
「隣町? 俺と同じか?」
「え? じゃあもしかして地元が一緒?」
一緒だったら流石に神代の噂が聞こえてくるはずだけど、そんな話は一切聞いたことがない。
俺は少し気付いたことを神代に聞く。
「電車は上りの方に乗るか?」
「電車? 電車だったら下りの方かな」
それならば、神代の話を聞かないはずだ。
「あれだ。俺と神代の地元はここから真逆だな」
俺がそう言うと、なぜか神代は少しほっとしていた。
「それじゃあ、そろそろ勉強の続きをやりましょ?」
神代が話題を変えるように、そう言って来たので、また勉強を再開した。
全然わからないところは神代に教えてもらいながら、英語と数学を重点的に勉強していく。
たまに神代の様子を見ると、流石学年一位ともあって集中力が尋常じゃない。
一言も話さず、黙々と集中している。
時々その様子を見て、自分もやる気を出して勉強に取り組んでいった。
しばらくして時計を見ると、短針が九の数字を差していた。
「もうこんな時間か……」
俺が小さく呟くが、神代は集中して勉強し続けている。
「神代、時間は大丈夫なのか?」
俺が聞くと、神代が時計に目をやった。
「え、もうこんな時間なの?」
神代は驚いてそんなことを言ってくる。
「いつもこんな感じじゃないのか?」
「う~ん。いつも一時間くらいで集中力が切れて、少し休憩を入れてたと思うんだけど」
神代はそんなことを言いながら、唸り始める。
「天ヶ瀬君はいつもこんな感じなの?」
「そんなわけない。いつもと変わらず、俺はちょいちょい集中力が切れてたぞ。その度に勉強してる神代を見て、俺もやらないといけない気持ちになったから」
「あ! それ!」
俺の言葉に神代がものすごい早さで反応した。
「えっと……どうした?」
「私も天ヶ瀬君と一緒だから頑張れたんだと思う! たまに天ヶ瀬君の方を見たら、すごい集中してたから」
「え?」
つまり俺達はお互いに様子を見ていたということか?
俺はそんなことを考えてしまったため、徐々に顔が熱を持っていくのを感じる。
そんな時に少し神代の方を見れば、神代も何かに気付いたらしく耳を赤くして下を向いている。
しばらく俺達は何も言えなくなって、静寂の間が続いた。
「そそそそれじゃ! 私は帰るから!」
先に静寂を破ったのは神代のほうだった。
「お……おう!」
神代は素早く勉強道具を片付けて、俺の部屋から出て行った。
神代がいなくなると、俺は何とも言えない緊張から解放されて一息つく。
コップを片付けにキッチンに戻ると、神代が作った煮物の鍋と味噌汁があることに気付いた。
後でメッセージで伝えればいいか。
そう思いながら、俺はコップを洗った。