第四十一話 本性
放課後。
昨日と同じ空き教室で、俺は適当な机に座って本を読みながら待っていた。
静まり返っている教室では、本のページをめくる音と時計の秒針が動くを音が良く聞こえる。
もちろん、誰かが廊下を歩く足音もだ。
その足音は俺がいる教室の前で止まったので本を閉じた。
すると、すぐに扉が開いた。
「……一之瀬さんと赤桐君はいないのかしら?」
黒嶺は後ろに腕を組みながら教室に入って来て、教室内を見渡している。
「あんたに話があったんだが、俺が呼んだだけじゃ付き合ってもらえないと思ってな。あの二人は元々呼んでいない」
「……そういうこと……」
黒嶺は軽くため息をつくと、教壇の上で黒板の方を向いた状態で立ち止まる。
「で、どんな話なのかしら?」
黒嶺は興味がなさそうにそう言って来た。
俺は苛立ちや悔しさ、情けなさが入り混じった感情が込みあがって来て、拳を握りしめ下唇を噛む。
感情に任せて言いたいことをぶちまけてしまいそうになるが、必至でそれを抑える。
冷静になれ……このまま熱くなったら黒嶺の思うツボだ。
俺は軽く深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「いや、たいしたことではないんだ。友達として幸太のどこが好きになったのか聞きたくて」
「……赤桐君を好きになった理由?」
黒嶺はこちらを振り返ると、不思議そうな顔をして考え始める。
「そうね……イケメンというのはもちろんだけど、誰でも分け隔てなく接する優しいところ……良く人をみているところ……」
黒嶺は幸太の好きなところをずらずらと並べていく。
「でも……一番はあの犬みたいなところかしら。勉強ができないところやおっちょこちょいなところに母性がくすぐられるの……」
そう言った黒嶺は気味の悪い恍惚な表情を浮かべている。
今まで惚れた顏など腐るほど見てきたが、そんな気味の悪い表情をする奴を初めて見た。
幸太の奴、相当やばい奴に目を付けられていたんだな……。
俺は内心焦りながら黒嶺の話を聞いていると教室の扉が開いた。
「天ヶ瀬君! 確認しました!」
入ってきたのは俺の頼みを済ませた神代だった。
「……会長はどうした?」
「私がいてもしょうがないので、先に生徒会に戻りますと」
どうやら一緒に来るはずだった会長は、生徒会の方に戻ったらしい。
教室に入ってきた神代はモヤが晴れた様子だったので、俺は自分の予想が間違っていないであろうことを確信した。
「なぁ黒嶺先輩。もう一つだけ聞いてもいいか?」
「ええ、何かしら?」
神代が来たことなどどうでもいいのか、黒嶺は外面の笑顔でそう答えた。
「幸太に近づくためだけに他の奴らを使って、いじめられているということにしたのか?」
「何のことかしら?」
俺がそう聞いても、黒嶺の表情は先程と変わらない。
「別にしらを切っても構わないんだが……神代、出してもらえるか?」
「はい。こちらが頼まれていたボイスレコーダーになります」
「助かった」
俺は神代からボイスレコーダーを受け取るとその場で流す。
そこから流れた音声は、黒嶺をいじめていた思われていた三人組のもので、指示されて演技をしていたという証言だった。
朝、神代経由で会長に頼んだことは二つだ。
黒嶺と三人組の動向を探ってもらうこと。
その情報を使って、三人に真実を聞くということだ。
今回の件とは関係のない情報で、会長が三人を脅して証言させたような会話になっているのは気にしないことにするが……。
音声を聞いた黒嶺は俺達に背を向けた。
「脅されてるわけだから言わされているのと同じって、私が言ったらどうするのかしら?」
「その時は、今日あんた達が話している写真を証拠として使うだろうな。もちろん、あんたがグループの中心と分かる写真だ」
俺がそう言うと、神代が制服のポケットから写真を出してくれた。
その写真には、黒嶺が足を組みながら座っており、三人組が取り巻きに見えるものだった。
それを見た黒嶺は少しため息を付きながらうつむいた。
「……どうして気づいたのかしら?」
「あんたと同じように、自分の友達の恋人を奪っている奴を見たことがあったってだけだ。まぁその時の方があんたのやり方より優しかったけどな」
周囲の人間の目すら操ろうとする。
そんなことまで意識してやろうとする奴、俺が見た中ではいなかった。
俺が質問に答えると、黒嶺はうつむいたまましばらく動かない。
「どうしてこんなことをしたのでしょうか?」
神代は手を胸の前に組みながら聞いた。
「……どうしてかって?」
黒嶺は神代の言葉に反応する。
「…………っ……」
黒嶺は堪えるように肩を震わせ始める。
目論見がばれた悔しさか自分の行ったことの後悔なのか。
「……くっ……くくくっ………あはははっはは!」
「「!?」」
急に笑い始めた黒嶺に対して俺は驚き、神代は恐怖で震えた。
「あはは……あーおかしい~。あっ、どうしてかだったかしら?」
黒嶺が振り返ると清々しい顏をしていた。
質問の確認をされた神代は、恐怖と驚きで言葉が出ていないが、かろうじて頷きだけする。
「そんなの私が欲しいからに決まっているじゃない。純粋で素直な瞳の彼を私だけに……私なしでは生きられないくらいにしたいのよ!」
俺の予想を超えた黒嶺のドス黒い本心が出てきた。
「それなのにすでに誰かのものになってるなんて……そしたら奪うしかないわよね?」
「……そのためなら何をしてもいいということか?」
「ええ。私は私が良ければそれでいいもの」
「……外道が」
黒嶺は元より罪の意識などない平然とした顏でいる。
俺が今まで見た奴らでも、少なからず罪悪感を抱いていたが、ここまで自分本位の奴には出会ったことが無い。
吐き気が込み上げてくるほど、胸糞悪くなる。
「これでも我慢したほうなのよ? あのファミレスの時に我慢できなくってしまったの」
「……それであんな表情を見せたのか?」
「あんな表情?」
「幸太に向けた表情だけが柔らかいものになっていたぞ」
「あー……彼を飼いたい気持ちが溢れてしまったのようね」
「……どうかしています……」
恐怖に震えながらだが、神代はようやく声を出せるくらいになったようだ。
「一般的な感性で私の愛情表現に口を出さないでくれないかしら」
「……ひっ」
黒嶺に睨まれた神代は恐怖で咄嗟に俺の後ろに隠れてしまう。
気持ちを落ち着けるように、俺は一呼吸置く。
「……正直あんたの考えに興味もないし注意する気もない」
黒嶺は清々しい笑顔のまま俺達を見ている。
「ただ俺が大切にしている奴らの優しさに付け込んで、気持ちを踏みにじったことに関しては許さない」
「許さないって、どうするのかしら?」
「女だからって容赦しない質でな。その綺麗な顔を人前に出れなくするぞ」
俺が睨んで答えると、黒嶺も睨み返してくる。
しばらくすると、黒嶺が視線を外してため息をつく。
「まぁもういいわ。あなた達にバレて熱が冷めちゃったもの」
「え?」
神代が思わぬ黒嶺の言葉に驚いている。
「……もういいのか」
「ええ。男なんか腐るほどいるのだから、また私の感情を揺さぶるような人を探すわ」
俺はその言葉を聞いて睨み続けていると、黒嶺は呆れた表情を浮かべた。
「今後あなた達にちょっかい出さないって約束するわ。これでいい?」
「……ああ」
俺が了承すると黒嶺は教室を出て行こうとする。
「え! 待ってく……」
神代が何か言おうとしたが、俺は手で神代の口を塞いだ。
教室を出る直前で、いつものように振り返って俺の方を見てくる。
「そういえば……あなたの名前を聞いていなかったわ。名前は?」
「……天ヶ瀬修司」
「天ヶ瀬修司ね……あなたの生き方って生きづらそうね。私には絶対できないわ」
黒嶺はそれだけ言い残して、教室を出て行った。