第四十話 お隣さんの違和感と気付き
俺は帰宅すると、すぐにソファで仰向けに寝転がる。
そのまま目を瞑って仮眠でも取ろうかと思うが、帰り際の神代の表情が頭から離れない。
目を瞑ってしばらくすると携帯が震えた。
画面を見ると、丁度いいタイミングで神代からメッセージが送られてきた。
『夜、少しだけ時間くれない?』
『いいぞ。都合のいい時間になったらまた連絡してくれ』
とりあえず神代から連絡が来るまで、やらないといけないことを終わらせることにした。
神代から次にメッセージを送られてきたのは、二十時を過ぎた頃だった。
俺は糖分補給で飴を咥えながらベランダに出ると、神代がすでにベランダに出て待っていた。
「……今日はお疲れ様」
「……ありがとう」
お互いにそれ以上何も言わない。
俺はとりあえず帰り際のことが気になっていたため、先にこちらから聞くことにした。
「俺の帰り際、なんで俺の方を真剣に見ていたんだ?」
「天ヶ瀬君の帰り際……」
「俺じゃない別の何かを見ていたような感じだったが……」
神代は俺の言葉を聞いてから、ゆっくりと話し始めた。
「なんか……一之瀬さんも赤桐君もすごい気を許してるなって」
帰り際に神代が見ていたものは、校門近くで一緒に歩いている三人だった。
俺の方を見ているように感じたのは、ただ見ていた方向に俺がいただけだったからみたいだ。
「……ねぇ天ヶ瀬君。いじめられてる子が命令されてやりたくないことをやらされる時って、あんなに堂々とできるものなの?」
「……黒嶺先輩のことを言ってるんだよな?」
「……うん」
確かに神代の言う通りで、今までいじめられていた奴があんなに堂々と演技ができるものなのか。
自分だったらと考えると、まったくできる気がしない。
実際そういった状況になったら、罪悪感で少しは申し訳のない表情をするはず……。
もしかして幸太の言っていた悲しそうな表情というのが、そう言う意味なのだろうか。
「ねぇってば!」
「ふぇ!?」
神代が急に大声を出したため、俺は驚いて変な声が出てしまった。
「ふぇ? じゃないわよ、結局どう思うの?」
考え事で頭がいっぱいになって、質問のことをすっかり忘れていた。
「自分に置き換えて考えてみたが……俺にはできる気がしない」
「……そうよね」
「神代は黒嶺先輩が何か裏があるとか、そう思っているのか?」
「……そう言われると違うって言いたくなるけど……何か気になるの」
神代の方も根拠はないけど、何か気になっているようだ。
俺も同じような状態なんだが、残念ながら自分の経験や見てきた件に似ているようなことがない。
この違和感だけで動くのは危ない気がする。
俺の予想に過ぎないが、このまま下手に動くと神代も巻き込む気がする。
それで俺達四人の関係に亀裂が走り、修復できない状態なるなんて最悪なことは避けたい。
「俺ももう少し注意して気にかけるようにする」
「え……天ヶ瀬君も何か気になっているの?」
「まぁな……ただなんか違和感があるってだけだが」
「……そう」
神代は残念そうに声のトーンが落ちる。
俺はヒーローでも主人公でもなく、ただ巻き込まれ体質なだけの一般人だ。
神代には申し訳ないが、俺に何かを期待してもらっても困る。
「……とりあえず様子見だな」
俺がそれだけ言うと、お互いの自室に戻った。
次の日の朝。
教室で本を開きながら、ぼんやりと神代との会話を思い出していた。
しかし、違和感の正体が分かるわけでもなく、モヤモヤが胸の中で大きくなっている。
このまま考えていても仕方ないな……。
気分を変えるために、俺は教室で話しているクラスメイトを眺める。
部活の話や趣味の話、色恋の話に勉強の話と、様々な話をしており、その中には一之瀬と幸太も含まれている。
丁度その二人を見ていると、教室に黒嶺先輩が笑顔で入って来た。
そのまま幸太達に向かって行き、黒嶺先輩が二人に何か渡すと教室を出て行った。
桜花夫婦と黒嶺先輩とやり取りを見たクラスの連中が驚いた様子になる。
その光景を見た瞬間、全身に鳥肌が立つ。
同時に胸の中で広がっていた違和感という名のモヤが晴れていき、今回の件の出来事を鮮明に思い出していく。
ああ……なんで最初に気付かなかった。
俺は後悔の念に駆られる。
だが、そんなことで止まっている場合じゃないと自分を鼓舞し、すぐさま携帯を取り出して隣の神代に連絡する。
『急で悪い! 頼みがある!』
神代は俺の様子がおかしいことに気付いて、すぐさま携帯を確認してくれた。
『えっ何?』
『会長に聞きたいことがある! 俺が今から送る内容をそのまま会長に伝えてくれ!』
俺は会長に伝える内容をすぐに作成して神代に送る。
それを見た神代は、一瞬驚いた表情を浮かべて俺の方を向き、目を合わせて黙って深く頷く。
正直完全に会長頼みの賭けであるが、できれば俺の予想通りであって欲しい。
もし俺の予想と違っているなら、この後の動きは全部無駄足になる。
だが、手遅れなるよりも少しの可能性に賭けて間に合わせるしか他に方法がない。
それから俺は、これまでのことを慎重に整理し始めた。