第四話 数少ない友達とその彼女
春休み中、約束通り神代に干渉することはなかった。
たまたますれ違って顔を合わせることがあっても、頭を下げて挨拶するくらいだ。
俺としても下手に関わって、面倒なことになっても困るので助かっている。
新学期初日、俺は貼り出されてあるクラス表を確認して、そそくさと自分のクラスへ行き席に着いた。
基本的に友達が数人しかいないため、クラス表の前で一喜一憂なんてしない。
そんなことをするくらいなら、さっさと自分の席で読書をするほうが有意義だ。
「よっ修司、おはようさん! 今年も同じクラスだからよろしくな!」
俺の前の席に座って挨拶してきたこいつは、赤桐幸太。
入学初日に俺の前の席で、それ以降変わらず付き合い続けてくれてる高校唯一の友達だ。
明るく周りに壁を作らない優しいやつで、少し頭が残念なところはあるが、そういったところも周りから親しみやすい理由だろう。
あと、顔が良く学年でも上位五番以内に入るイケメンだ。
「おはよう。よろしくな」
「おう! って、本当にお前は何があっても通常運転だなぁ」
「ん? どいうことだ?」
「あれ? 知らねぇのか。あれだよ、副会長のお嬢様が同じクラスだってこと」
「初耳だ」
「今教えても反応変わってねぇじゃん」
「関わることがない高嶺の花だからな。気にしてもしょうがないだろ」
「いや、ちょっとはあるじゃん? 周りの奴ら見てみろよ。期待に胸を膨らませてる奴しかいねーぞ」
そう言われて少し周りの男達を見てみると、そこら中で神代の話をしている。
有名人にとって、そういう奴らの視線や雰囲気を敏感に察知できることをこいつらはわからないのか?
「一年の頃の噂があるから、あのお嬢様にアプローチかける奴なんかいないだろうけど」
「そうだろうな。幸太のほうは興味ないのか?」
「興味? ないなぁ。俺には陽香がいるからな」
陽香というのは、幸太の彼女である一之瀬陽香だ。
高校から付き合い始めて、実に仲の良いカップルで学校中に知れ渡っている。
見た目は少し小柄な女の子で、周りの女子からマスコットのように扱われてるのをよく見る。
性格はお淑やかで少し人見知りな部分もあるが、慣れてくるとそれなりに話してくれる優しい奴だ。
「リア充爆発しろ」
「そう言うなって。あいつと付き合えたのもお前のおかげだから、これでもすげー感謝してるんだぜ?」
「そうかよ」
「いやまじで。あの時は本当に助かった」
「やめろよ。きっかけをものにしたのはお前だし、俺は大したことはしてねぇ」
この学校に入学してしばらくした頃、幸太と街で遊んでいた時に、一之瀬がナンパらしきものに絡まれているところに遭遇した。
幸太はすぐさま間に割り込み、一之瀬をナンパから助けようとしたのだ。
おそらく幸太は前から一之瀬のことを好きだったんだろう。
一之瀬を助けようと咄嗟にナンパに割り込んだため、ナンパ野郎どもは激怒していた。
ナンパ野郎の一人が、幸太を殴ろうとしたところで俺が乱入。
そのまま俺がそいつらを引き受けて、幸太と一之瀬を逃がしたってだけの話だ。
その時のお礼やら何やらで一之瀬は幸太と仲良くなり、学校一仲のいいカップルとなっている。
他の奴らから、桜花夫婦なんて呼ばれているらしい。
「いやでも、喧嘩なんか一度もしたことねぇ俺が考えなしに突っ込んじまったせいでお前に迷惑かけて……」
「はぁ……喧嘩なんかしたことないことに越したことねぇよ。お前がしたことは称賛されることはあっても、気にする必要はないだろ。大体、俺のほうもお前に感謝してるんだからお互い様だ」
「なんか感謝されるようなことしたか?」
「ああしてるしてる。だから気にすんな」
納得していない顏の幸太をよそに、俺は気恥ずかしくなって誤魔化した。
幸太は割と人のことをしっかり見て判断する奴で、そういう奴は少ない。
この学校に入学して、最初に話をしたのがこいつで本当に良かったと思っているなんて口が裂けても言うもんか。
「幸君も天ヶ瀬君もおはようございます。天ヶ瀬君、朝から幸君が迷惑かけてごめんなさい」
「陽香、おはよう!」
「おはよう、一之瀬。お前も同じクラスか」
「はい、私は天ヶ瀬君の後ろになりますね」
「最初は五十音順だからそうなるな」
「なぁ修司。俺と席変わらねぇか?」
「なんでだよめんどくせぇ。どうせ初日から席替えするだろ? その時に一之瀬と近くなれるように祈っとけ」
「そうですよ幸君、少し我慢してください。……私も近くなれるように祈ってるんですから」
一之瀬は少し頬を赤くして恥ずかしがりながらそう言った。
「そうだな! じゃあ俺も陽香の近くになれるように祈るわ!」
幸太も一之瀬にそう言われていつものテンションに戻ってきた。
こいつらは所かまわずいちゃつき始める。
その度に周りが胸焼けさせられそうになるため、俺はホームルームが始まるまで席から離れることにした。
「修司? どこいくんだ?」
「トイレだよ。ホームルーム始まるまでには戻ってくるから、それまで俺の席使ってろ」
「おい!?」
俺は返事を待たずに教室から出た。
あのままあの席に座っていたら、確実に口から大量の砂糖でも吐いちまいそうな空気になる。
そうなったら流石に俺も耐えられん。
すぐに席が離れる可能性もあるから、席が近いうちにしばらく二人で話していればいい。
俺はホームルームまで校内をブラブラして、適当に時間をつぶすことにした。