第三十九話 作戦決行
次の日、昨日の様に黒嶺先輩が朝から訪ねてきた。
「赤桐君。今日の昼休みは私と一緒にご飯を食べないかしら?」
「悪いけど、俺には心に誓った相手がいるんで。もう来ないでくれませんか?」
「そうですよ! もう二度と関わらないでください!」
昨日の予定通り、三人には演技をしてもらっている。
しばらく言い争っているが、チャイムが鳴る前くらいには三人とも静かになる。
「それじゃあ、めげずにまたお誘いするわね?」
昨日と同じような言葉を残して教室を出て行った。
休憩時間中、幸太と一之瀬には心配するような言葉や激励の言葉が、他のクラスメイトから送られている。
その様子を横目で見ながら、俺は本を読んでいた。
ふと横の神代を見ると、ずっと何かを考えているようだった。
その様子が少し気になり、神代にメッセージを送る。
『何かあったか?』
神代は携帯を確認した後、首を横に振って何でもないことを伝えてきた。
神代の様子に疑問を持ったままだが、今は何も聞かないほうが良さそうかと思い読書に戻った。
時間は過ぎて昼休みになると、朝の宣言通りに黒嶺先輩が入ってきた。
これも昨日と同じように言い争いだけして教室を出て行き、予定通り放課後になる。
作戦としては、まず黒嶺先輩がいじめを行っていた奴らを話があるからと、時間を指定して空き教室に来るように伝えてもらう。
そこで待っているところに幸太と俺が行き、そいつらと話を付けるという流れだ。
予定の時間通りに俺達が空き教室前に来ると、中から女三人の話声が聞こえてきた。
「話って何だろうね」
「さぁ? もしかして赤桐君別れさせるの成功したとか?」
「えー! それやばいじゃん!」
話を聞く限り、黒嶺先輩をいじめている奴らで間違いないようだ。
俺が教室の中から見えない位置に着いたのを合図に、幸太が普通に空き教室の扉を開ける。
すると、中にいた三人が一斉に扉の方に視線を移す。
「あ! 赤桐君じゃん!」
「うわぁ~まじイケメン!」
「えっ! これどういう状況!?」
三人ともまさかの登場人物で驚いている。
「先輩方、すみませんね。黒嶺先輩に手伝ってもらって、集まってもらいました」
幸太は、仮面を被った優しい笑顔でそう言った。
その笑顔で女達は黄色い声を上げるが、その中の一人があることに気付く。
「えっ? もしかしてうちらに話があるの赤桐君!?」
女の一人はそう言って少し青ざめる。
他の二人はまだ何が起こっているか気づいてなく、ただ嬉しそうに幸太の方を見ている。
「一人は気づいているみたいですけど、黒嶺先輩を使って俺達にちょっかい出してきたのは、先輩方で間違いないですね?」
めったに怒らない幸太が怒るときは、声を張り上げると言う感じではなく、感情が死んだように淡々と相手に質問するだけだ。
いつも感情が豊かな奴が怒ると不気味で、俺は少し背筋に寒気が走りそうになる。
今度こそ三人とも理解したようで、息を飲むようにしている。
「……それは」
「……言い訳とかいいんで事実だけ答えてくださいよ、先輩方」
「そうです!」
幸太が淡々と聞くと最初に青くなっていた女がそう答えた。
「……じゃあ黒嶺先輩をいじめていたことも認めてくれますよね?」
「「「……はい」」」
三人とも、いじめの事実を認めた。
どうやら思ったよりも早く終わりそうだな……。
「金輪際、俺と陽香と黒嶺先輩に関わらないと誓って下さい。そうしてくだされば、俺からはこれ以上何もしないです」
女達はほっとして黙って頷いた。
「ただ……二度目はないですから」
幸太は目の笑っていない笑顔で、最後に忠告だけして教室を出て行く。
女達の様子を見ると恐怖で震えながら、これ以上お咎めなしということに安心しているようだった。
俺は歩き出した幸太の隣に並んで一緒に歩き始めた。
「これで解決かな?」
「たぶんな」
幸太はいつもの調子に戻って、何気ない会話をしながら俺達の自分の教室に戻った。
教室に戻れば、一之瀬と黒嶺先輩が一緒に待っていた。
「……あの…終わったかしら?」
俺と幸太が戻ると、すぐに黒嶺先輩が結果を聞いてきた。
「全部終わりましたよ」
「……あぁ……あっ……りがとう……」
幸太の言葉を聞いて、黒嶺先輩は涙を堪えきれないまま感謝の言葉を述べていた。
一之瀬は昨日と同様にハンカチを渡して寄り添っている。
黒嶺先輩が落ち着くと、また昨日と同じように三人で一緒に帰って行った。
三人が仲良く帰る背中を眺めた後、俺は靴を履き替えようとした。
その時、俺は何となく視線を感じて振り返った。
そこにはプリントの束を持った神代が、真剣な表情で俺の方を見つめていた。
その視線は俺の方を見ているようで見ていない気がしたので、俺はどうしたのか聞こうとした。
しかし、神代は質問する前に視線を外して移動してしまった。
その神代の様子が気になったが、もし俺に用があるならメッセージでも送ってくるだろうと思い、俺は帰路についた。