第三十五話 謎の女と心配するお隣さん
学校が始まり、いつも通り自分の席で本を読む。
ゴールデンウィークの感覚が抜けてないのか、教室ではクラスメイトが少し騒がしく会話に花を咲かせている。
知っている奴らで言うと、片桐はカースト上位の奴らと話し、幸太は色んな奴らと話している。
一ノ瀬と神代は他の奴を混じえて、俺の隣で楽しそうに話している。
何の変哲もないクラスの様子だったが、教室の扉を勢い良く開ける音で静まり返る。
扉を勢い良く開けたのは綺麗な黒髪ロングの女だ。
その女は女子にしては身長が高めのスラっとした体型に、切れ長の目で、凛とした表情から厳しそうな雰囲気を感じる。
その女は人を探しているようで、教室内を見渡している。
どうやら探していた人物が見つかったようで、その人物の元へ黙ったまま向かって行った。
向かった方には、俺の知り合いが一人いることに気付いて、ものすごく嫌な予感がした。
まさかと思いながらその光景を見続けていると、女は一人の男の側まで来た。
こういう時の嫌な予感というのは、どうして当たってしまうのだろうか……。
その女の側にいた男は幸太だった。
幸太は自分の目の前にいる女に何も言わず、顏を横に傾げて不思議そうな様子でいる。
対する女も近寄ってきたのに黙ったままでいる。
そんな二人の様子を唾を飲むような緊張感を持って、クラス全員が見ている。
しかし、時間はそんなことをお構いなしに進み続け、幸太とその女が会話を交わす前に、ホームルームのチャイムが鳴った。
チャイムが鳴ると、女は踵を返して教室を出ようとするが、直前に振り返って幸太の方を見た。
「昼休み。待っていなさい」
女は最後にそう言って教室を立ち去った。
幸太にそれを言うためだけに勢い良く扉を開けて教室に入ってきたのだろうか……理解できん。
教室にいる全員が何だったのかと、驚きと疑問の顏を浮かべている。
その中で、隣から怒りの雰囲気を感じる。
横を見ると、一之瀬が笑顔なのに優しそうな感じがなく、こめかみが痙攣しているような感じで震えていた。
ああ……昼休み大変そうだな。
俺は昼休みに起こるイベントに嫌な予感を感じて憂鬱になった。
昼休みになり、俺は購買で何か買ってこようと席を立つ。
すると、横の神代が驚いた顔でこちらを見てきた。
その視線をひとまず無視して購買に向かう。
購買に向かっている間に携帯が震える。
おそらく送り主は神代だろう。
俺は購買の列に並ぶと、携帯でメッセージの内容を確認する。
『朝にあんなことがあったのにどこかに行くって薄情過ぎない!?』
『購買に昼飯を買いに来ただけだ。すぐ戻る』
俺は簡単に返信を返すと順番が来たため、いくつかパンを買って教室に戻る。
教室に着いて自分の席に座ると、神代は少し安堵していた。
俺がパンを食べ始めると、また神代からメッセージが送られてきた。
『どんなことになると思う?』
神代は俺の予想を聞きたいんだろうけど、少し内容に悩んでから返信した。
『正直わからん。俺が巻き込まれた時と同じような感じなら、かなり面倒なことになる』
『面倒なことっていうのは?』
『あの女が幸太に惚れていて修羅場になる展開』
横の神代を少し見ると、俺の返信を見て頭傾げている。
『赤桐君には彼女がいるじゃない。それなのに修羅場になるの?』
『恋ってやつは、そう簡単に諦められるもんじゃないらしいぞ。現に片桐がそうだろ』
神代が納得したような表情を浮かべている。
というか良い意味でも悪い身でも、女の方が色恋の話に詳しいと思うんだが、こういった話を聞いたことが無いのかこいつは……。
俺がそんなこと思っていると、またメッセージが送られてくる。
『天ヶ瀬君が巻き込まれた時はどうなったの?』
俺は正直に話すかどうか悩む。
伝えたところで神代に必要のない不安感を抱かせるだけだ。
だが、本人が真剣な表情で返信を待っているため、仕方がないので伝えることにした。
『男が元々付き合ってた奴を振って、新たに付き合い始めていた』
神代は声を出していないが、口パクで嘘と言って驚愕していた。
しばらくショックで固まっていると、今度は怒りの表情を浮かべた。
それから、ものすごい早さでメッセージを作成し送ってきた。
『じゃあ一之瀬さんが振られるってこと!? そんなの納得いかない!』
『少し落ち着け、あくまで俺が巻き込まれた時の話をしただけだ。一之瀬が振られると決まったわけじゃない』
俺がそう返信すると少し冷静になったのか、神代の怒りの雰囲気が少し落ち着いた。
『そうだけど』
『まぁどう動くかは、あの女が幸太に何を言うか聞いてからだな』
まだあの女は幸太の目の前に来ただけで、何も言っていない。
そのため、俺の予想が的外れな可能性もある。
『そうね』
神代は俺の意図を理解したのか、いつも通りの様子で朝の女が来るのを待っている。
神代の様子を確認した後、俺は気になったことを考える。
わざわざ大人数の目の前で告白したりするのだろうか。
もしそんなことをする奴がいるのだとしたら、かなりの自信家か、後先考えない頭の残念な人なのではないかと。
そんなことを考えていると、朝の女が教室に入って来て幸太の方に向かって行った。
というか、あの馬鹿は朝のこと何だったのか気にせず、一之瀬と一緒に弁当を食べていやがる。
俺はその光景に呆れて見ていると、朝の女が一之瀬と幸太の前で立ち止まった。