第三十話 大会結果とプレゼント
結局、俺は三回戦で負けた。
俺がステージから降りると、幸太達が話しかけてきた。
「残念だったな」
「まぁでも、仕方ないさ」
「おしかったですね、天ヶ瀬君」
「おしかったー!」
三回戦で俺はチョキを選んだ。
しかし、相子だったため、負けになってしまった。
「妹さんの方は、まだ残ってますね」
「ああ」
一之瀬は、俺の妹と呼んだ神代のことを見ていた。
ステージ上には、神代を含めて十人ほど残っていた。
おそらく、ここで残れれば次が決勝戦になるだろう。
神代は変わらず真剣な表情で、何を出すか考えているようだった。
「えらく真剣なんだな」
「……毎回あんな感じだったぞ」
そんなことを話していると、準決勝開始のアナウンスが聞こえた。
「じゃあいきますよ~! 最初はグー! じゃんけんぽん!」
司会のお姉さんはパーを出していた。
ここに来て一度も出していなかった手だ。
他の参加者を見ても、チョキを出しているのは二人くらいしかいない。
では……神代は何を出したのか。
神代の方を見ると、そこには掌を見せたパーを出していた。
「あー残念……」
「あのおねぇちゃんだめだったの?」
「おしかったんだけどね。負けちゃったみたい」
「まぁしょうがいない」
神代は肩を落としながら、ステージを降り始めた。
それを確認すると、幸太達に話しかける。
「あいつ、人見知りで負けず嫌いなんだ。お前達が一緒だと、多分感情を押し殺そうとするから、迎えにいってもいいか?」
「あー確かにステージで、一言も話さなかったな。そういうことなら、俺達ももう行くわ。この後、三人でご飯食べて帰ろうと思ってたから」
「じゃあ、またな」
俺は幸太達から離れて、神代を迎えに行った。
ステージから降りてきた神代は、悔しい気持ちを押し殺した表情だった。
「……負けちゃった」
「そうだな。どこかで飯でも食べて帰るか?」
「……いい」
「そうか」
そのまま会場を離れた俺達は、ずっと無言だった。
その時、俺は少しふと思いついたことがあり、神代に提案することにした。
「なぁ、ここら辺に大きなショッピングモールあったよな?」
「……ええ」
「じゃあ、買いたいものがあるから少し寄っていいか?」
「……いいけど」
駅へ歩いていたところを、俺達はショッピングモールに向かった。
着いた場所は、タオルやティッシュケースなどの生活用品が売っている店。
神代は何も見る気分じゃないのか、店の近くにある長椅子に座って待ってくれていた。
俺は目的の物を見つけて買うと、そのまま神代のところに向かう。
「ほれ」
「え?」
買った物を唐突に差し出したため、神代は驚きながら受け取った。
渡した物は、腕を枕にして仰向けで寝ている猫のぬいぐるみだ。
「……これは?」
「前に、この店に来た時に見つけたぬいぐるみだ」
神代はそれだけ聞くと、渡したぬいぐるみをじっーと見ている。
「……なんていうか、あれだ。この前のお詫びの気持ちもあるが、その……頑張ったで賞ということで……」
少しキザったらしいかと思いながら、神代の反応を待った。
しばらくしても神代は、ぬいぐるみを見ているだけで反応が返ってこない。
もしかして気に入らなかったかもしれない。
「……あーなんだ、気に入らなかったら捨ててくれ」
そう言うと、神代がぬいぐるみに顔を埋めてギュッと抱きしめた。
神代の反応がどういうものかわからず、頭を掻いて悩んでいる。
「……っふふふ」
ぬいぐるみを抱きしめていた神代が、今度は静かに笑い始めて、俺は神代のメンタルが心配になった。
「……なぁどうした?」
そう聞くと、神代はぬいぐるみを抱きしめたまま、勢いよく立ち上がった。
その表情は、先ほど曇った顔とは大きく違って、機嫌が良さそうな顔をしていた。
「帰ろっか」
「あっ、おい!」
神代はそう言って、ぬいぐるみを抱きしめたまま歩き始めたので、追いかけるように俺も歩き始めた。
歩いている間、神代はぬいぐるみを抱きしめたり、顔を埋めたり頬ずりしたりしていた。
顔に出さなかったが、喜んでもらえてよかったと安心した。
そのまま駅に着いて電車に乗り、家の最寄り駅に着いた。
俺達は家に帰ろうと、二人で歩き始める。
すると、神代が急にぬいぐるみの顔を俺に向けて、自分の顏を隠した。
「天ヶ瀬君! こんなに良いご主人に合わせてくれてありがとう!」
神代が声色を変えて、人形劇の様にそう言ってきた。
自分で良いご主人とか言うのはどうかと思い、少し笑いそうになった。
「そうかい。お前が良かったなら良かったよ」
「ほら! ご主人もお礼を言ったほうがいいよ!」
「そうね! まだ言ってなかったね!」
神代が一人芝居をするように、ぬいぐるみで自分に語り掛けていた。
「天ヶ瀬君、ありがとう!」
素直であどけない顏で、お礼を言われた俺は照れてしまった。
前にベランダで見せた素の笑顔も可愛かった。
だが、その時とは違い、純粋な子供のように素直なものだった。
俺は自分の心拍数が、急激に上がっているのを感じる。
「……おう」
照れてしまった俺は、顔を見られるのが恥ずかしく、明後日の方を向いて、素っ気無い返事をしてしまう。
そんな俺の様子を神代はからかってこない。
気になって神代の方を見ると、ぬいぐるみを愛でていた。
そんな神代を見て和んでいると、心拍も落ち着き始めた。
「あ! そうだ!」
もうすぐマンションに着くところで、神代は何か思い出したようだ。
「一之瀬さんの妹ちゃん可愛かったなぁ~」
一之瀬の妹のことだった。
確かにステージ上にいた時、チラチラと見ていたからな。
「天ヶ瀬君ばっかり、話せてずるい」
「それはしょうがないだろ」
「え~でも~」
「まぁ、また会える時が来ることを祈れ」
「ぶーぶー!」
神代との会話が、いつも通りのもので俺は安心した。
神代からの羨望の声を適当に流しながら、俺達は自分の部屋に帰宅した。