第二十九話 お隣さんとじゃんけん大会
「はーい! それではじゃんけん大会を始めまーす!」
司会のお姉さんのアナウンスが、会場に響き渡る。
会場は、ぬいぐるみが欲しい人達で、埋め尽くされている。
友達連れが多いのかと思ったが、カップルや家族連れの人達も結構いる。
そんな感じで周りを見渡していると、神代が真剣な表情で最初に何を出すか悩んでいた。
「……最初はチョキ? いや、心理学的にグーかパー? ならどっちにしよう……」
「ガチだな」
「何? 欲しいんだから本気でやらないと」
「確かにな」
そんな会話をして、神代はまた真剣に考える。
俺も、お詫びにするならと思い、何を出すか真剣に考える。
「今から私の掛け声で、じゃんけんの手を出してくださーい! 勝った人はステージの上に上がってきてください!」
その声で、周りの人達が一斉に手を上げたので、俺達も同じように手を上げた。
「最初はグー! じゃんけん!ぽん!」
司会のお姉さんが出した手はチョキ。
俺はグーを出していた。
「……勝っちまった」
横を見ると、神代もグーを出していた。
「……やった!」
俺達二人はステージに上がる。
ステージに上がると、約五十人くらいの人がじゃんけんに勝ったようだ。
参加人数は大体三百人くらいで、結構な人数がじゃんけんに勝っているように思える。
「あれ? 修司じゃん」
ステージ上で誰かが俺に話しかけてきたため、声の方を向くと幸太がいた。
なぜか幸太は、小さい女の子と手を繋いでいた。
「よう」
「珍しいじゃん。こんなのに参加するなんて」
「まぁ、妹の付き添いだな」
「妹?」
「ああ、こいつが」
とっさに妹設定を作って、隣にいた神代を紹介しようとする。
しかし、神代は俺の後ろに隠れて、会釈だけした。
幸太も釣られて会釈を返す。
「お前は……というか、その女の子は?」
「この子か? この子は、陽香の妹の一之瀬雪奈ちゃんだ」
「こうおにいちゃん。このひとだーれ?」
「この人は、お兄ちゃんとお姉ちゃんのお友達だよ」
「そーなの? ゆきなです! しょうがっこういちねんせいです!」
雪奈ちゃんは、しっかりとした挨拶をしてくれた。
「雪奈ちゃんっていうのか、よろしくな」
「よくできたね。えらいえらい」
「えへへ」
雪奈ちゃんは、幸太に褒められて喜んでいた。
雪奈ちゃんのことは教えてもらったが、俺は一之瀬がいないのか気になった。
「お前の彼女は一緒じゃないのか?」
「いるよ。ほらあそこ」
幸太が指を差した方向を見ると、頭が見えるか見えないくらいで手を上げて振っていた。
「……本当だ。小さくて頭しか見えないがいるな」
「あんまり小さいって言ってやるなよ……。気にしてるんだから」
「聞こえないから別にいいだろ。賞品が欲しいのは一之瀬か?」
「いんや、雪奈ちゃん」
どうやら二人は、雪奈ちゃんの付き添いみたいだ。
「んー? わたしもいちのせだよー?」
「そうだね。でも、このお兄ちゃんが言ったのは、お姉ちゃんの方かな」
「そうなのー?」
「ああ」
雪奈ちゃんは、自分も一之瀬だということを主張してきた。
分からないことなどを、はっきり聞けるような子だろうな。
「修司の方は、妹ちゃんが?」
「そうだぞ」
幸太が神代の方を見ると、先程同じようにぺこりと頭を下げるだけ。
一応ウィッグで黒髪だし、眼鏡も掛けているから気づかないとは思う。
しかし、念には念をということで、俺の後ろに隠れて声すら発さないようにしているのだろう。
チラチラと、雪奈ちゃんの方を見ているのは気にしないでおく。
そんな会話をしていると、司会のお姉さんがアナウンスを始めた。
「それではステージに上がった人は、また私とじゃんけんしてもらいます! 相子の人と負けた人はステージから、ゆっくり降りてください!」
そのアナウンスを聞いたステージ上の人達は、じゃんけんの構えをとる。
「では、いきますよ~! 最初はグー! じゃんけんぽん!」
お姉さんの手はグーだった。
俺達の中で勝ったのは俺と神代で、幸太と雪奈ちゃんは相子だった。
「あー残念」
「む~」
幸太は負けてしまって残念そうな顔をしており、雪奈ちゃんは悔しそうにむくれていた。
神代は、俺の後ろで声を押し殺しながら、ものすごく嬉しそうに喜んでいた。
「じゃあ修司、俺達はステージ降りるから」
幸太は雪奈ちゃんの手を引くと、雪奈ちゃんが動かない。
「おにいちゃんがもしかったら、そのぬいぐるみ、ゆきなにちょーだい」
雪奈ちゃんが、そんなことを言ってきた。
俺は雪奈ちゃんの視線に合わせてしゃがむ。
「ごめんな雪奈ちゃん。このぬいぐるみ、どうしても欲しいって子ががいてね。できれば、その子にあげたいんだ」
「ゆきなよりも?」
「どうかな~。でも、たぶん雪奈ちゃんと同じくらいの欲しいって、気持ちだと思うよ」
「う~、ならがんばってね」
「ありがとね」
俺は雪奈ちゃんの頭を撫でて立ち上がる。
雪奈ちゃんは幸太に手を引かれながら、俺に手を振ってステージを下りて行った。
「……そんな風に思ってくれてるなんて思わなかった」
二人を見送ると神代がそんなことを言ってきた。
「まぁお詫びだしな。それに欲しいんだろ?」
「……そうだけど」
「なら、最後まで頑張ろうぜ」
「……そういう意味じゃないのに」
神代は、被っていた帽子を目元が隠れるように下げていた。
その様子が少し気になったが、司会のお姉さんのアナウンスで、次のじゃんけんが始まった。