第二十四話 揉め事の話と美人教師のお叱り
昼休み、幸太は一之瀬と昼食を取るようだったので、俺は一人で食堂に来ていた。
今日は簡単に食べられる麺類に決めて、かき揚げ蕎麦にした。
窓側一人席に座って食べ始めると、近くにいた周りの女子達が片桐の話をしていた。
食堂に入ってから少し気になっていたが、どこもかしこも片桐の話している。
最初は知らない人物かと思ったが、話の中で出てきた速水または六花という名前を聞いて、俺の知っている片桐のことだと確信した。
「いいなぁ~。私もあんなイケメンな彼氏に守ってもらいた~い」
「ね~! あっ、でもまだ彼氏じゃないらしいよ!」
「えっ、そうなの!? じゃあまだフリーなんだ!」
「そうそう! でも、六花ちゃんがまだ落とせてないくらいだから、かなり難しいかも……」
「そんなのやってみないとわからないじゃん!」
どうやら、昨日の片桐の活躍が広まっているらしい。
昨日の現場を見ていた誰かが話しているのか、それとも速水本人が片桐の武勇伝として話しているのかは分からないが、そんな感じで広まっているのだろう。
今回はこのパターンかと思うと、食べ終えた食器を片付けて教室に戻った。
教室に戻ると、片桐の周りには多くの人がいて、昨日の話をしているようだった。
本人は賞賛されている言葉をたくさんもらっているが、表情は苦笑いだった。
そんな様子を横目に見つつ自分の席に座ると、どこかで昼食を食べ終えた神代が自分の席に戻ってきた。
神代は席に座ると、どうなっているのよといった視線で、俺を見てくる。
説明するのは面倒だが、このまま神代が俺を見ているのも困るので、RINEで説明することにした。
『昨日のことで、片桐が褒められてるだけだろ』
そうメッセージを送ると、隣の神代はすぐさま携帯を取り出して返信してきた。
『天ヶ瀬君が問題を解決したのに?』
『神代と速水が連れていかれる前の話だけが、広まっているんだろうよ』
『どうして?』
『昨日の出来事を偶然見ていた奴が、広めてるからじゃないか?』
『じゃあ、なんで片桐君と速水さんは、本当のことを話していないの?』
『他の奴らが片桐の活躍について、本当かどうかだけ聞いてるんだろ。本人達にとって、それは本当のことだから否定はしづらい。 それだけ聞いたら、昨日の話はもう終わりだ。そのまま確認してきた奴らが、片桐のことを賞賛することしかしなくなる』
『そんなの途中で遮って、事の顛末まで簡単に話せばいいじゃない』
『お前なら言えるかもしれないけど、自分の想い人が褒められている時に、その相手の評価を下げるようなことは話しづらいだろ』
『じゃあ片桐君は、なんで話さないの?』
『片桐はプライドせいで否定できないなのか。もしくは目立つことが嫌だという、俺の言葉を気にして言わないでいてくれてるのか』
後者なら、結構いい奴だよな。
横目で神代の方を見ると、難しい顏をしながらメッセージを見ていた。
そんな顏をしている神代のことは気にせず、俺は注意するメッセージを送る。
『この状況は俺にとってありがたいんだから、変なこと言わずに静観しててくれよ』
神代は、納得のいかない顏をして俺を見た。
しかし、すぐにチャイムが鳴ったので、授業を受ける姿勢に戻ってた。
そのまま午後の授業は終わり、放課後になった。
早々と帰るために廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。
「天ヶ瀬。少しいいか」
振り返ると、呼び止めていたのは琴吹先生だった。
「このまま帰るだけなんで、大丈夫ですけど……」
何も用がないことを伝えると、なぜ呼ばれたのかという俺の疑問を察してくれた。
「たいした用じゃない。今日の噂話についてだ」
それを聞いて、俺は納得した。
「このまま話すのはあれだろうから、生徒指導室でも使うか」
「わかりました」
「私は鍵を取ってくるから、先に行って待っててくれ」
そう言われた俺は、生徒指導室前で待つことになった。
本を読みながら時間を潰していると、先生が急ぎ足でやって来た。
「すまない。少し待たせてしまった」
「気にしなくていいですよ」
俺は読んでいた本を鞄に仕舞いながら答えると、先生は申し訳なさそうな顏を少し和らいだ。
先生が生徒指導室の鍵を開けてくれると、中に入って向かい合わせで座る。
座ると、すぐに本題に入った。
「話については、さっき廊下で言った通りだ」
「あれですよね。片桐の噂ですよね」
「ああ。そうだ」
先生は、少し鋭い目つきで俺を見ていた。
俺が黙ったままでいると、先生はため息をつき、呆れた表情で見てきた。
「はぁ~天ヶ瀬。もしかして例のあれか」
「……まぁ、そうですね」
俺がそう言うと、先生は少し睨みながら聞いてきた。
「で、今回は丸く収めたんだよな?」
「……あ~。あはは……」
「お前なぁ!」
先生が呆れる程度で済んでいたところを、完全に怒らせてしまった。
「前にも言ったよな! そういう場面に遭遇したら、警察にでも連絡しろと! それがどうしてもできない状況の場合に、最低限の自衛のためという理由で、知り合いがやっている道場を紹介したんだぞ!」
中学の時にも同じようなことが何回もあって、その内の一回を琴吹先生に目撃された。
その時に、自分の体質の話をすることになってしまった。
先生は俺の話を聞くと、やむを得ない時のためということで、先生の知り合いがやっている道場を紹介してもらった。
その道場を紹介する条件として、自分からそういった揉め事に首を突っ込まないことを約束したのだ。
それからは幸太を助けた時のような、話を聞いてもらうために少しだけ手を出すことがあったくらいで、今回みたいなことは久しぶりだった。
「……すみません」
「分かっているならそれでいい。天ヶ瀬のことだから、今回も何か事情があったんだろう」
「はい」
今回に関しては。俺が神代に変なことを頼まなければ、あいつらが一緒に出掛けるようなことにはならなかった。
警察に連絡していたとしても、到着するまで片桐が保たないと思ったから助けに入ったのだ。
先生は今回のことについて、それ以上何も聞いてこなかった。
生徒自身の気持ちを汲み取って、無理に聞いてきたりしないところは、姉御肌っていう感じがする。
怒るときは鬼の様に怖いが……。
「先生は、どうして今回の件に俺が関わっていると思ったんですか?」
俺がそう聞くと、先生は怒りを隠さずに話す。
「それは中学校の時も、こんな風に特定の生徒の評価だけが上がる噂が広まっていたからだ。あの時は何も思わなかったが、学校が変わったのに同じようなことが起きれば疑問に思うだろ? それでもしかしてとお前に話を聞けば、案の定そうだったというわけだ!」
「……申し訳ないです」
「はぁ、まあいい。次からは本当に気を付けてくれよ。中学の時とは違って、下手すれば退学なんてこともあるんだからな」
「肝に銘じておきます」
「じゃあ、この話は終わりだ」
先生はそう言うと、頬杖つきながら空いてる方の手で、さっさと帰れと言っているように、しっしと手を払った。
俺は最後に頭を下げて謝ってから、生徒指導室から出た。
まさか先生が、今回の件に気づくとは思わなかった。
俺は、先生に心配をかけてしまったことを悔やみながら家に帰った。