第二十二話 お隣さんとお人好し
その日の夜、海斗から全員無事に帰ったというメッセージが送られてきた。
その連絡で、ようやく俺は安心することができた。
心配しているくらいなら、自分が送ればよかったのかもしれない。
しかし、あのまま俺が一緒にいるせいで、また何か起こる可能性があったため、一之瀬達を送ることができなかった。
そのことと今日の出来事を含めて、申し訳なさが募っていく。
すると、急に神代からメッセージが届いた。
『今からベランダに出てこれない?』
俺は丁度良かったと思い、大丈夫だと返事を返した。
ベランダに出ると、すぐに神代もベランダに出てきた。
神代は、俺が引っ越して来た日と同じラフな格好で、その上に半纏を羽織っていた。
神代とベランダで話すことは、今まで何回かあったが、その時は全て制服だった。
俺は少し驚きながら、神代に聞いた。
「……今日は、その服装なんだな」
「休みの日だもの。それに、天ヶ瀬君には一回見られてるわけだし。もう気にする必要ないでしょ」
神代は開き直った様子で、そう言ってきた。
俺もそれもそうだなと思って、いつものようにベランダにもたれ掛かった。
お互いに話すタイミングを見計らっているみたいで、しばらく静寂が続いた。
最初に静寂を破ったのは、俺の方だった。
「すまなかった」
「え?」
まさか謝られるとは思っていなかったのか、神代は驚いている。
「今日、あの面子で一緒にいたのは、俺が速水の手助けをしてくれと頼んだからだろ?」
「……ええ」
「だからだ。俺がこんなことを頼まなければ、あんな目に合わなくて済んだはずだ。本当に申し訳なかった」
俺はベランダにもたれ掛かるのをやめて、神代の方に頭を下げた。
「え!? やめてやめて! そんなことしなくていいから! むしろ天ヶ瀬君は、私達のこと助けてくれたじゃない! お礼を言わなきゃいけないのに、急に謝ってこないでよ!」
「……だけどな」
「あーもう! 私が良いって言ってるんだからいいの! はい! もう謝るの終わり!」
神代はそう言って、そっぽを向いてしまった。
途方に暮れた俺は、先程と同じ態勢になって、外の景色に視線を戻した。
また静寂な時間に戻ってしまったが、今度は神代の方から話しかけてきた。
「……一之瀬さんを助けたときも、あんな風にやり方をしたの?」
あんまり言いたくなかったが、今日の出来事を見た神代を誤魔化せるとは思えなかった。
仕方がないので、正直に話すことにした。
「いや……あの時は、ほんの少し取っ組み合いになっただけで、海斗って言う……えーと、一之瀬と片桐を喫茶店まで送り届けた奴に手を貸してもらって、話し合いで解決した」
「……そっか」
俺は後ろめたい気持ちもあって、神代の方を見ずにいた。
そのため、神代がどんな顏をしていたかはわからない。
おそらく畏怖の表情か、もしくは幻滅した冷たい目をしているだろう。
「……こういったことは良くあるの?」
「……ああ。けど、俺が関わらなければ、結局丸く収まるってことに気づいてから、そういう場面に遭遇しても関わらないようになった」
「そう……。えっ、今日みたいな場面ってことは、知らない人でもってこと?」
「……まぁ、そうだな」
「……っ、はぁ~」
俺が肯定すると、神代がかなり深いため息をついた。
ため息が気になり、神代の方を見ると呆れた表情をしていた。
「薄々思っていたけど天ヶ瀬君って、かーなーり! お人好しよね」
「いや、そんなことないと思うが」
「他人まで助けようとするなんて、お人好し以外の何なのよ」
「……だとしても、俺のやり方は褒められたものじゃないだろ」
「確かにやり方は、他に何か良い方法を取るべきだと思うけど……。それでも! 人助けのために、そんなに強くなったんでしょ!?」
「それはそうだが……」
「それなら! 素直にお礼だけ受け取ればいいのよ!」
神代の言い分に対して、俺が何も言えなくなると、論破してやったと言わんばかりのドヤ顔をしていた。
ただそれと、神代達を危険な目に合わせたことに変わりはない。
「それでも、俺が変に関わったせいで起きたことだから、謝るべきなんだよ」
「それって、この前言っていた不幸が起きるって話? でも今回、誰も良いことになってないと思うんだけど」
「おそらくだけど、速水と片桐は良い結果になったんだと思う。でも、神代と一之瀬は巻き込まれただけだろ? それは、俺が間接的に関わっていたからだと思ってる」
「偶然が重なっただけじゃないの?」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。多分、速水と片桐だけでも、今日みたいなことが起こってたと思うぞ」
それなら、今日よりは全然マシだっただろうな……。
「……ちょっとネガティブすぎるし、なんか未来でも見えていたような言い方が痛い」
「うるせぇ……ただの経験則だ。実際そういうこともあったからな」
「ふーん」
神代が興味のなさそうな様子であるため、俺の申し訳なかった気持ちが薄れていく。
「信じてねぇだろ」
「ううん、そんなことない。でも、もう謝ったりしないで」
「……どうしてだ?」
「だって、もしまたこんなことがあっても、お人好しの天ヶ瀬君は助けてくれるからかな」
そう言った神代は、とても綺麗で優しい笑顔をしていた。
ただでさえアイドル顔負けの美少女なのに、そんな顏を向けられた。
胸の鼓動が急激に速くなっていくのを感じて、俺は顔を背けてしまう。
「ん? どうしたの?」
「……なんでもねぇ」
神代の笑顔が可愛くてときめいたなんて、馬鹿正直に言えるわけもない。
俺はなんとか誤魔化した。
少しすると、鼓動が落ち着いてきたため、気になったことを神代の方を見ずに聞いた。
「俺が本性を知っていることもあると思うけど、神代って俺に対して遠慮がないよな」
「まぁ、そうねぇ」
何か含みがあるような肯定をしてきた。
丁度、胸の動悸の方も落ち着いてきたので、俺は神代の方を向いて問いかけた。
「どうした?」
「んー……ま、いっか。確かに私の秘密を知ってるのもあるけど、天ヶ瀬君って、良くも悪くも私に興味がないよね」
急に訳の分からないことを言ってきた。
興味がないというか、関わりたくないというのが正直な気持ちだが。
「昔からこの容姿だから、人の視線って何となくわかっちゃうの。それが例えば、物珍しいものを見る目だったり、邪な視線とかね」
確かにそれだけの容姿をしていれば、色々な視線を受けて生活してもおかしくないと思った。
「だけど、天ヶ瀬君の視線からは、なーんにも感じないの。もはや無って感じ」
「苦手だって視線は送っているつもりなんだが……」
「でも、それも嫌悪とかじゃないでしょ? そういったところが、私にとって接しやすいんだと思う」
「要は、無害な人物と認定されたってことか?」
「平たく言えば、そういうこと」
勘弁してほしい……。
今後も、神代関係で面倒なことに巻き込まれる可能性があるということだ。
話が一区切りつくと、神代は体を伸ばす。
「それじゃあ、言いたいことも言ったし、聞きたいことも聞けたから部屋に戻る」
「えっ、これで話は終わりか?」
これで話が終わったことに、俺は驚いた。
もっと注意されたり、恨み言を言われると思っていたが、拍子抜けだ。
「ええ! 天ヶ瀬君が怖い不良じゃなくて、ただのお人好しのお馬鹿ってことがわかったから!」
「お馬鹿って……おい!」
神代は、すでに部屋に戻るところだったが、何か言い忘れたことを思い出したように声をあげた。
「あ! 一之瀬さんからもお礼を言われると思うけど、変なこと言わずにお礼の言葉だけ受け取ること!わかった?」
「おい! どういうことだ!?」
「謝罪なんかは要らないってこと! その代わりに、もし今後何かあったら、天ヶ瀬君が助けてねってこと! じゃあ、また明日学校で!」
神代はそれだけ言い残して、自分の部屋に戻ってしまった。
「おいおい……マジかよ」
俺は自分が望むものから、どんどん遠ざかっている状況に絶望して、ベランダの手すりに体を預けていた。