第十五話 お隣さんと連絡先交換
学校から家に帰った俺は、借りた弁当箱を洗い終えると、家にストックしてある棒付きの飴を口に咥える。
昔から疲れた時は、糖分を摂取するようにしていたため、今でもそれが癖になっている。
気分転換にベランダに出て、夕飯は何を作ろうかなどと考えていると、隣から窓を開けるような音が聞こえた。
すると、隣のベランダから神代がこちらを覗いてきた。
「やっぱり外にいた」
「何か用か?」
「うん。だけど、インターホンを押しても電気はついてるのに出てくる気配がないから、ベランダを見に来たの」
「あーそれはすまん。夕飯を考えていて気付かなかった」
正直言うと、疲れていてインターホンの音に気づけなかったのが本音だ。
大体こいつが、昼食を一緒にするなんてことを許可しなければ、こんなに疲れることはなかった。
そんなこと思いながら、俺は神代の方を見ずに答えていた。
「まぁいいけど。そんなことより!」
「……なんだ?」
神代は、鬼気迫るような声を上げた。
それを聞いた俺は、また何か起こるのかと、テンションが下がっていた。
「今日のお弁当何なの!? すごく美味しかったんだけど!」
「そうかー。ならよかったわ」
「本当に天ヶ瀬君が作ったの!?」
「そうだぞ。といっても、母親から教えてもらったように作っただけだけどな」
実家にいた時に、料理本を読んで実践していたことがある。
その時に、上手くいかないところは母さんが手伝って教えてくれた。
「なんかお礼にお弁当作ったけど、お礼になってない感じがすごいわね……」
「いや、そんなことないぞ」
「どうして? 料理できるなら、お礼になってないじゃない」
「俺は和食を作れないからなぁ」
「そうなの?」
「ああ、教えてくれる人もいなかったしな。自分で作るとなると、昔食べた味のイメージがあって、毎回失敗するんだよ」
「でも、レシピ通りすれば失敗しないんじゃないの?」
「確かにレシピ通りには作れるけど、これじゃない感がすごくてな。自分で作るなら納得したものが作れないって、結構ストレス溜まるんだよ」
俺がそう言うと、神代の反応がなくなった。
何かあったかと神代の方を見ると、とても不安そうに一人で自問自答していた。
「……えっ……てことは今日のお昼の言葉はお世辞ってこと? ……いやでも……天ヶ瀬君おいしそうに食べてくれていたし……」
どうやら今の言葉で、神代に無用な心配をさせてしまったらしい。
「あー今の俺の言葉は気にしなくていいぞ。あくまで、自分が作るときの話だからな。俺が作る和食より、何倍も神代の方が美味かったぞ」
「へっ? あっ! 今の聞こえてっ!?」
「そりゃそうだろう。これだけ近いんだから」
こいつ、やっぱりポンコツなんじゃないか?
「っ~~!! ……あ……ありがとう」
神代は顔を手で覆って、横目だけ少しこちらを見ながらそう言った。
部屋の明かりに照らされて、教室と同様に耳が真っ赤になっている。
「お……おう」
教室では、自分の発言が恥ずかしくなって顏が赤くなってしまった。
だが、今は美少女に素直にお礼を言われ、そんな表情をされれば流石にこちらも照れてしまう。
自分の顏が徐々に熱を帯びていく感じがする。
しばらく、お互いに何も言わない静かな時間が流れた。
俺は、沈黙に耐えられなくなって口を開いた。
「……その……料理作れたんだな」
「えっ、あ! ……うん。でも洋食は何も作ったことないの」
「え? そうなのか?」
「えへへ……なんか作る機会なかったのと、あんまり自分で作ろうと思わなくて」
俺は意外で驚いていた。
女子は甘いものとか、見た目が綺麗な料理とかが好きだから、自分で作ったりするのだろうと思っていた。
妹の沙希とか典型的なそのタイプで、よくパンケーキだったりをクッキーとか作っていた。
「あっ! 天ヶ瀬君のお弁当がすごく美味しかったのもあるけど、久しぶりに洋食を食べたから、結構量があったけど完食しちゃった!」
そう言った神代の顏は、俺が初めて見た笑顔とは全く異なったものだった。
本心から感謝しているようで、アイドル顔負けの笑顔を向けられた。
そんな笑顔を向けられた俺は、心臓の鼓動が早くなるのを感じて、神代の顏を直視できずに顏を反らした。
「あれ? どうしたの?」
「なっ! なんでもない!」
俺は心臓の動機を抑えようと、小さく深呼吸を繰り返す。
すると、神代は何かに気づいたようで、からかうような笑い方をしていた。
「あれ~? もしかして照れてるの~?」
「は……はぁ? そんなわけなだろ!?」
俺は神代の方を向いて訂正するが、神代はからかうような笑い方をやめない。
「ぷははっ! 天ヶ瀬君も赤桐君のこと言えないじゃん!」
「いやっ、違うだろ! 俺はお前みたいな奴に、好意を向けたりなんかしてないぞ!」
「確かにそこは違うかも知れないけど、赤桐君の話と同じ照れ方してる~」
「ふっ、ふざけんな! 誰があんな頭お花畑と一緒だって!?」
「あははっ!」
完全に手玉を取られている。
俺が弁当を褒めた時は、こいつも同じように照れていたくせに!
「くっそ! なんでからかわれてるんだ俺は」
「くっくっく! あーごめんって、もう笑うのやめるからー」
拗ねた俺を見て流石に悪いと思ったのか、神代は笑い堪えながら謝ってきた。
しばらくして笑うのが収まると、神代は何か思い出したような顔をした。
「そうだ! お弁当箱返すために来たんだった、ちょっと待ってて!」
神代はそう言って、部屋に戻って弁当箱を持ってきた。
「はい。お弁当箱」
「ん。俺もお前の弁当箱持ってくるから、少し待っててくれ」
俺も部屋に戻って、弁当箱を持ってきて渡した。
「今日はありがとう」
「ああ。でも、こういうのはこれっきりにしてくれ」
俺は、もうこんな疲れるようなことをしたくなかったため、これが最初で最後であることを伝えた。
「う~ん……」
どうやら、俺の提案は受け入れがたいようだ。
むやみに俺と神代が関わるのは、神代にとって良くないと思うのだが。
「あっ、それじゃRINEのID交換しよ」
「え? なんでだ?」
神代は、唐突に連絡先の交換を申し出てきた。
俺は真意がわからず、すぐに理由を聞いていた。
「結局お弁当を交換しちゃったから、お礼になってないでしょ? また今度お礼するから、その時に連絡するため」
そうすれば事前に話ができて、予定を合わせることができるからか。
しかし、お礼はもう十分なんだが……。
「お礼に関してはもう十分だから、連絡先を交換する必要ないだろ」
「やだ! 私の気が済まない!」
「いや俺はもう……」
「あーもう! いいから早く交換する!」
「……はい」
ほぼ押し切られたような感じになり、俺は渋々RINEのIDを交換した。
「じゃあ、お礼についてはまた連絡するから。おやすみ!」
「……ああ。おやすみ」
何やら面倒なことに話が進んでいる気がしつつ、ため息をつきながら部屋に戻った。