第百四十八話 双子と男の関係
無言で見てくる男を前にして、どうすればいいか戸惑っていると、諏訪妹が少しだけ困ったような顏で男を見る。
「優君、何も言わないと困らせちゃうから」
男は諏訪妹の言葉に頷いて、俺に謝るように少し頭を下げた後、口を開いた。
「……俺は信城優真」
「あ、ああ……えっと、俺は天ヶ瀬修司」
流れでお互いに名前を教えたが、いまいち表情から感情を読み取り辛く、何を考えていたのかわからないままだった。
そんな俺の感情を汲み取ったのか、諏訪妹が焦りながら説明してくれる。
「ご、ごめんなさい。優君は頭で色々考えてしまう人で……今の間もそのせいなんです。多分ですけど、自己紹介をしようと思ったけど、全然関わりのないから名前を教えられても困ってしまうだけなんじゃないかって、悩んでたんだと思います」
説明を終えて、諏訪妹が自分の予想があっているか確認するように信城の方に目配せすると、信条は頷いていた。
諏訪妹の話を聞いて、信城は一言話すだけでも色々と考えてしまうタイプということがわかった。
父さんとは違った雰囲気だが、多分同じようなタイプか……。
何となく身近に近しいタイプの人物がいるため、すぐに納得した。
「あ! 私、名乗ってなくてすみません! 諏訪真星です」
丁寧に名乗ってもらったが、この前の諏訪姉との話し合い、もとい尋問で名前は知っていた。
諏訪妹は食堂で諏訪姉が俺を呼びだしているところを見ていたので、俺と諏訪姉が話をしたことを知っているだろう。
少し話を聞くくらいなら藪蛇にならないだろうと思い、姉から名前を聞いたとは伝えないで、わざとらしく話を振った。
「諏訪? そういえば、最近話をした風紀委員も諏訪だったな」
「あっはい、双子のお姉ちゃんです。あ! お姉ちゃんがご迷惑をお掛けしていて、本当にすみません!」
諏訪妹は姉の行動を知っていたようで、謝りながら深々と頭を下げた。
「あー頭を上げてくれ……まぁ大したことじゃないから」
内心は早くこの状態から解放されたいとは思うが、真摯に謝る諏訪妹が気にしてしまうようなことは言い辛かった。
諏訪妹が申し訳なさそうに頭を上げたところで、気になっていることを聞いてみる。
「ただ……えっと、諏訪妹でいいか。諏訪妹は、どうして姉があんな行動をしているのか知ってたりしないか?」
「すっ、すみません……わからないです。私もやめた方がいいと注意したんですけど……」
諏訪妹は視線を下げて、申し訳なさそうに言う。
特に仕草などは変わっておらず、何か思い当たる節もなさそうだった。
「そうか、ありがとう」
諏訪妹が理由を知らないのは少し残念だったが、面倒な話が出てこなかったことに安堵する。
お礼を言った後、二人は俺に頭を下げて図書室を出て行った。
図書室の扉の窓から二人の背中を眺めていると、諏訪妹から話しかけている感じではあるものの、仲が良さそうに話をしながら歩いて行った。
一人は人見知り、一人は無口か。
夏祭りを三人で行っていたこともあり、恐らく信城は二人と幼馴染なんだろう。
そんな予想をしながら、俺も本の返却をして帰宅した。
次の日の朝。
ホームルームが始まるまでの間、幸太と雑談していた。
片桐は朝練でいないため、幸太は片桐の席を借りて座っている。
「なぁ幸太。お前が知ってる範囲で、諏訪ってどんな奴なのか教えてくれないか?」
「風紀委員の? 関わりがあるわけじゃないから、確証がない又聞きの印象の話くらいでいいなら」
「それでいい」
俺が同意すると、幸太は諏訪姉について教えてくれた。
前にも聞いた風紀委員の中でも一番規律に厳しいことで有名なこと。
しかし、関わりづらいということはなく、誰とでも仲良くしている。
双子の妹と仲が良く、双子にしては珍しいような妹を気にかける姉といった印象。
浮いた話は一つも聞いたことがない。
「こんな感じかなー」
「……そうか」
ある程度は俺の知ってる話だった。
ただ昨日の諏訪妹の様子を見て、妹のほうが姉っぽいという印象だった。
幸太の話を聞いて、そんなことを思っていると、横から付け足された。
「あと信城くんと諏訪姉妹は幼馴染だよ」
隣の戸崎が思い出しているように、顎に手を当てて付け足していた。
その付け足しに幸太が驚いた反応をする。
「えっ、そうなの?」
「そうそう。去年、その三人と同じクラスだったから、聞いたことがあるよ」
幸太の話は概ね合ってるだろうし、戸崎が言ってることは本人達から聞いたことあるので間違いない。
信城が幼馴染だということがわかったところで、諏訪姉の行動理由についてわかるわけじゃないから意味はないが、俺の予想が当たって三人の関係性がわかってすっきりした。
「それにしても、天ヶ瀬はどんな恨みを買ったのさ」
戸崎が不思議そうに頬杖を付いたまま聞いてくる。
少なくとも俺が呼び出された時に教室に居た奴には、俺が諏訪姉に目を付けられてると知られてしまっている。
「……特に何もしてない」
「一年間同じクラスだったあたしの印象だと、何もしてない人を睨みつけたように監視するような人じゃないけど」
そう言った戸崎は腕を組んで唸っていて、幸太は幸太で顎を触りながら何か考えている。
俺は二人を余所に別のこと考えていた。
俺が神代と仲が良い場合、諏訪姉に不都合がある……その不都合が何なのか。
その不都合が神代が話せないことなのか、それともまた別の話なのか。
そんなことを考えていると、幸太が何か思い出したように声を出した。
「あっ、どうでもいいことかも知れないけど、ちょっと意外だったことがあったぜ」
「意外?」
「そうそう。体育祭の練習で合同になった時にさ、諏訪さんってあんまり運動が得意じゃないんだよ」
「結構、運動神経良さそうに見えるけどな」
「だよなー。で、意外な人は諏訪さんだけじゃなくて、信城もなんだよ」
「まじか」
驚きながら戸崎のほうを見ると、本当のことのようで頷いていた。
どう考えても偏見でしかないが、あんなに何かスポーツでもやってそうな体格だと、運動神経もいいのだろうと思っていた。
しかし、どうやらそうではなかったようだ。
かなり意外だと驚いていると、教室に朝練を終えた片桐が入ってきた。
「さっきの話、多分今日の合同練習とかを見ればわかると思うぜ。それじゃあ、俺戻るわ」
そのまま幸太は自分の席に戻って行った。