第百四十六話 風紀委員室での話し合い
「すまん。正直、何を言っているのか良く分からないが」
一瞬だけ戸惑ったが、一旦白を切ることにした。
和奏が諏訪に話した可能性は極めて低く、和奏も聞かれたとしても誤魔化すだろうと思ったからだ。
それに何を根拠にして、俺と和奏が夏祭りで一緒にいたと思ったのかも気になった。
「夏祭りで俺と一緒にいた奴が、あの神代だったと?」
「ええ」
諏訪はじっと、俺を見てそう言った。
「ははは、冗談はやめてくれよ。こんなパッとしない奴が、あの神代和奏と一緒にいるわけないだろ」
自虐的に笑いながら、俺は諏訪の質問を否定した。
そんな俺の様子を見て、諏訪は怪訝な顔になった。
「それに俺が一緒にいたやつは、神代の見た目とまったく似てないだろ。どうしてそう思ったんだ?」
「すれ違った時の香りよ」
「香り?」
「背丈と顔の形が似ていたってものあるけど、すれ違った時に神代さんの横にいる時と同じ香りがしたから」
なるほどな……こいつは神代が使ってる香水なのかシャンプーの香りなのかを覚えていて、それと同じだったから気になって聞いてきた感じか。
というか、それを覚えてるってなんだ? こいつはそういうフェチかなんかか?
まぁでも、恐らくそれだけだろう。確信したような言い方をしてきたのは、俺の動揺を誘って反応を見るためか。
「背丈や顔の形、それに香りなんかも同じような人がいてもおかしくないと思うけどな」
「少なくとも、あの会場で神代さんと同じような香りがした人は、あなたと一緒にいた人だけだった」
ああ……そうですか、まだ引く気はないと。
「じゃあ、瞳の色や髪の毛はどう説明する? 神代和奏と全く違っているはずだけど」
「瞳の色はカラコンで、髪の毛はウィッグでどうとでもできる」
ああ、こいつ良い勘してるわ。
その可能性に気付いてるってことは、和奏に聞いてもはぐらかされるとわかってるからなのか、俺に聞きに来たようだった。
もしそこまでわかってるなら、そのまま和奏の意図を汲み取って、静観してほしかったと思った。
「声を聞ければ……もっと」
何故か諏訪は悔しそうな顔をしていた。
声に関しても似たような声の人もいると思うけど、それだけ聞き分けられる自信があるのだろうか。
そこで、ふと気になっていたことを思い出した。
「まるで諏訪さんの友達と同じようなことを言うんだな」
「友達?」
「食堂で一緒にいた図書委員だよ」
「ああ、真星のことね」
「そいつはしっかりお礼を言ってくれたのに比べて、お前は何もないのな」
話を変えるついでにイライラしていたこともあって、嫌味ったらしく諏訪に告げた。
すると、諏訪は少しだけ申し訳なさそうな顔になった。
「それもそうね……ごめんなさい。あの時は、ありがとう」
素直にお礼を言われると思わず、俺は少しだけ驚いた。
この手の奴は突っかかってくるだけの奴が多かったから、なんか言われると身構えていたけど拍子抜けだった。
「あと訂正するけど、真星は友達じゃなくて私の大事な妹」
妹も同じ学年ということは、こいつと図書委員は双子なのか。
顏は似てなく、恐らく二卵性双生児なんだろう。
二人の顔立ちを思い出しながら比べると、諏訪姉はしっかりとした顔立ちで、どちらかと言えば美人と言われる部類だ。
それに対して、妹のほうは幼さとか弱さを持っており、恐らく可愛いと言われる印象だ。
「へぇー……じゃあ、声で人がわかるってのは姉妹揃っての特技なのか」
「ええ。昨日真星から受け取ったと思うけど、あのお礼の品は私を含めた三人からだから」
「なるほど」
姉妹ってことを否定してないってことは、男の方は兄妹とかでもないのだろう。
大方、男は幼馴染か仲の良い友達といったところか……まぁもしくは図書委員の想い人。
そんなことを考えると、なんだか気が滅入ってくる。
ただでさえ面倒くさいことに巻き込まれているのに、更に面倒くさいことになりそうな予感がしたからだ。
「それで話を戻すけど、どうして神代さんと一緒にいたの?」
諏訪姉は先程の真剣な顔に戻って聞いてきた。
恐らく諏訪姉はほぼ確定にしているらしく、何故一緒にいたのかというのを聞きたいらしい。
だからって、それはですねと話す俺ではない。
「知ってどうするんだ?」
「それは……」
諏訪姉は焦りがながら言い淀む。
言えない事情があるのか話したくないのか。
どちらでも構わないが、沈黙が続いたので、ここら辺が潮時だろうと席を立つ。
「話は終わりだ。お前の知りたい理由を聞いたからって、お前が望む答えを俺は何も持ってないからな」
「ちょっ、ちょっと!」
そのまま風紀委員室を出て行こうとすると、呼び止められた。
振り返ると、諏訪姉はテーブルに手をつきながら立ち上がっていた。
「それじゃあ! 夏祭りにあなたの隣にいた、神代さんと同じ香りをした人物は誰なの!?」
誰と言われれば神代和奏だが、それは言えない。
ただ諏訪姉が求めているものとは違うが、何もない言わないのもおかしな気がした。
和奏と付き合ってるわけでないので彼女とは言えないし、好きな人や隣人と言ってもややこしいことになりそうだ。
抽象的でかつ俺自身が納得できる言葉……。
少しだけ考えた後、これを聞いた和奏は少し怒るかもしれないなと思いながら、諏訪姉に伝える。
「命に変えても守りたい大切な、家族みたいなもん」
「は、え?」
突拍子もない言葉に、諏訪姉は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
その表情を最後に見て、風紀委員室を後にした。




