第百四十四話 夏祭りのお礼
今日一日、何事もなく放課後を迎えた。
このまま校内放送で体育祭の色決めがあるようで、クラスは盛り上がっていたが、帰り支度をして教室を出る。
すると、俺に続いて片桐も荷物を持って教室を出てきた。
「いつものグループに混ざって、色決めを聞かないのか?」
「校内放送だから部室で聞く。大会も近いから」
放送を聞きながら準備をして、すぐにでも練習するつもりなのだろう。
上手くなりたいからなのか好きだからなのかはわからないが、片桐のストイックさというか、向上心の高さには驚かされる。
「天ヶ瀬こそ聞いて行かないのか?」
「図書室に用があるから、多分そこで聞けるだろ」
「なるほど。じゃあ、また明日」
階段前に着けば、そう言って片桐は部室に向かうため下に降りていく。
「おう、また明日」
その背中に言葉を返すと、振り返らず手を少しだけ上げた。
片桐を見送った後、俺も図書室へ向かった。
図書室に入ると、夏祭りの時に見かけた図書委員がいた。
俺は借りた本を返却するため、カウンターに向かう。
「すみません。返却しに来ました」
「はっ、はい!」
本を渡すと、すぐさま返却登録をしてくれる。
「へっ、へん却登録できました!」
「ありがとうございました」
問題なく返却も出来たので、ついでに何か借りて行こうと図書室の中へと入っていく。
借りたい本があるか探していれば、放送で組み分けの結果が聞こえてきた。
『二年生は綺麗に別れました! 一から三組が紅軍で四から六組が白軍です!』
俺のクラスは紅軍になったようで、幸太が自分の色だとはしゃいでる姿が思い浮かんだ。
去年は、はしゃぐ幸太のストッパーになってたから色々参加してたっけか……まぁそのおかげで退屈せずに済んだところはあるが、今回は関係ないか。
医者に激しい運動は控えるように言われているため、少なくとも十月になるまで体育などは見学することになっている。
そんなことを考えながら気になった本を手に取って、図書委員のいるカウンターへ。
「これ借ります」
「は、はい。 こ、こちらにお名前の方を」
「はい」
指示された通り、貸出票に名前を書いて図書委員に渡そうとすると、その子は俺の目をじっと見ていた。
「あの、何か?」
「あ! しゅ、しゅみません! 貸出登録します!」
「お願いします」
図書委員は貸出登録をした後、俺に本を差し出してきたので受け取ろうとしたが、なかなか本から手を放してくれない。
「あの――」
「ちょっ、ちょっとそのままいてくだしゃい!」
「はい?」
言われた通り本を持ったままでいると、図書委員は何処からか眼鏡を取り出して、俺を眼鏡越しと眼鏡がない状態を見比べる。
そこで何か確信を得られたのか、ほっと安心した表情になった。
「あ、あの! 夏祭りの時はありがとうごじゃいます!」
夏祭りの時に助けた奴が俺ということがわかったらしく、お礼を言われてしまった。
しかし、風紀委員に白を切った手前、ここでも知らない振りをすることに決めた。
「何のことですか?」
「えっ、あれ? あっ! 私、浴衣だったし眼鏡かけてなかったから……。えっと、あの、夏祭りでお好み焼きとたこ焼きを分けてもらったのもので」
「いや、自分にはそんな記憶はないですけど」
「あっ、あれ? でも……眼鏡越しに見たら、あの時の人と目元が一緒だから……間違いではないと思うんですけどぉ」
「……他人の空似かと思いますけど」
「そ、それに! 夏祭りで助けてくれた人の声が、何度も本を借りにきていたあなたの声と同じなので間違いないと思いましゅ!」
声って……あの風紀委員と同じ特技じゃあるまいし。
どうしたら誤魔化せるか考えていると、カウンターの下からガサゴソと紙袋を取り出してきた。
「あっ……声で分かるなんて気持ち悪かったですよね、ごめんなさい! これ……あの時のお礼で、えっと、一応日持ちするものなので!」
気弱だと思ってたけど、意外と押しが強い。
それにお礼の品を持って来ているということは、声だけであの時の奴が俺であることをほぼ確信していたのだろう。
日持ちするものを用意していたのは、俺がいつ図書室に来るかわからなかったからか。
こういったものを差し出されると、流石に俺も断るのは申し訳なくなる。
すでにこのやり取りが面倒くさくなってきていた俺は、仕方なくお礼の品を受け取った。
「……わざわざありがとうございます。あと、そんなに気にしないでください。食べきれなさそうなのは本当だったので、受け取っていただいてありがたかったです」
「いっ、いえ! そんな!」
「それじゃ」
本と紙袋を受け取って図書室を出た後、そのまま学校を出て帰宅した。
夕飯を食べた後、お礼の菓子折りを見せながら今日あった話を和奏にした。
「へぇー……そうなんだ」
何か不満があったのか、和奏は少し残念そうな声を出した。
「どうしたんだ?」
「別に~」
そう言った後、和奏は菓子折りに手を伸ばして、何かブツブツ言いながら食べ始めた。
「……私だけ……ったのになぁ」
何か失言でもしたかと思ったが、それ以上は聞かず俺も菓子折りに手を伸ばす。
ただ気になっていることがあったため、それについては和奏に聞いた。
「えっと、再確認になるけど、和奏と仲が良い? 風紀委員の奴は声を聞いただけで、誰の声かわかるんだよな?」
「え? うん。ちょっとした雑談の時に見せてくれたんだけど、実際に声だけで誰の声か当ててたよ」
「そうか……」
気のせいだと思うが、風紀委員と同じような特技を図書委員も持っているんじゃないかと感じた。
もしそうだとするなら、何か面倒くさいことになりそうな予感が少ししていた。
「それがどうかしたの?」
「さっき話した図書委員なんだけど、そいつも同じように夏祭りの時に聞いた声で、俺だとわかったらしくて。その風紀委員と同じような特技なんじゃないかって」
「そんな珍しいことある?」
「ないとは言い切れないから何とも言えないが……その風紀委員に姉妹がいるみたいな話は聞いたことあるか?」
「そういう話はしたことないから」
和奏はそう言って首を横に振った。
同じような特技を持った人の可能性もあれば、二人が姉妹で同じ特技があるのかもしれないと思っていた。
和奏も知らないなら、これ以上考えても仕方ないか。
「何か気になることでもあるの?」
少し考え込んでいる俺を見て、和奏が心配そうに聞いてきた。
「いや、大したことじゃないから気にしないでくれ」
俺はそのまま菓子折りを食べると、一瞬だけ和奏は疑問の表情を浮かべた後、いつも表情に戻って菓子を食べていた。
もし姉妹だったとしても、俺が知らない振りをしたことがバレて文句を言われるだけか。
そこまで気にすることもないと結論を出して、これ以上考えないようにした。