第百四十一話 二学期初日
夏休み明け初日。
始業式を終えれば、すぐにホームルームで席替えが行われた。
前の方で駄々をこねてうるさくしている奴がいたが、担任は何も気にせずクラス全員に席のくじを引くように催促していく。
一学期の時と同様に最後の余ったくじを引いた。
おっ、この番号ならいいほうなんじゃないか?
自分のくじに書かれた番号と黒板に表記されている番号を確認すれば、教室入り口側の一番後ろの席だった。
俺が移動しようとすると、和奏も自分の荷物を持って前の方に移動していった。
どうやら和奏の席は前の方のようで、席が離れることに少しだけ残念に思いながら、俺は新しい席に着いた。
席に着くと、すぐに前の席のやつが移動して来て声をかけてきた。
「天ヶ瀬が後ろか」
「前は片桐なのか」
片桐は不満そうな様子でも驚いた様子でもなく、ただ確認しただけのように表情を変えなかった。
「二学期の間、よろしく」
「ああ、こちらこそ」
短い言葉を交わした後、片桐はすぐに荷物を降ろして席に着いた。
そのまま片桐はすぐに周りのやつと、楽しそうに雑談していた。
わかってたことだけど、こいつのコミュ力すごいな。
幸太みたいな馬鹿っぽいけど人懐っこい犬のようなやつとは違い、爽やかな印象と人当たりの良さ、話しやすいように調整している会話のテンポ、これらが片桐のコミュ力になっているものなのだろう。
別に片桐と同じようになりたいとかは思わないが、恐らく理解して当然のようにやっているのは尊敬する。
そんな片桐を観察していれば、隣の席に人が座った。
「確か天ヶ瀬だよね? 二学期は隣だからよろしく」
「ああ、よろしく。えっと……」
少し男っぽい口調で声をかけてきたのは、ショートカットで目が円く活発そうな印象を受けた女子だった。
しかし、全く名前が出てこない。
「あはは……もしかして名前出てこない? 一応このクラスの委員長なんだけど」
「わ、悪い」
委員長を少し残念そうに苦笑させてしまい、申し訳なくなった。
この会話が聞こえていたようで、片桐が呆れながら助け舟を出してくれた。
「戸崎さん、天ヶ瀬が極端に名前を覚えられてないだけだから気にしないで。僕の名前も全然覚えてなかったから」
俺を見ながら軽く馬鹿にしたように笑う。
こいつのこの小馬鹿にしたような煽り、やっぱりムカつくんだよなぁ。
そのまま片桐を少し睨むが、全然気にしていない様子だった。
「なるほどね、名前を覚えるのが苦手な人か。じゃあ改めて、あたしは戸崎碧。よろしく」
「戸崎さんね。よろしく」
俺が挨拶を返すと、相手を元気づけるような笑顔で返してくれる。
そして、すぐに興味深いような顏になって俺と片桐を交互に見てきた。
「二人が話すのは知っていたけど、あたしが思ってたより仲が良さそうだね」
戸崎がそんなことを言った瞬間、俺と片桐は声を合わせた。
「そんなことはない」
「それはないね」
同じタイミングで否定したため、片桐と俺はお互いに嫌そうに睨み合う。
「あはは! ほら、そういうところがさ」
戸崎に笑われて俺と片桐は押し黙り、そのまま片桐は前を向いた。
俺は戸崎のほうを見て、一応訂正だけしておく。
「別に仲良くないからな? クラスメイトってだけだ」
「まぁ天ヶ瀬がそう言うなら、そう思っておくことにするよ」
全く真に受けてなさそうな戸崎だが、これ以上何も言ってこなかった。
調子を狂わされたと感じながら、気分を切り替えるために教室全体に目を向けた。
和奏の席は真ん中よりも少し前で、近くに一之瀬もいて二人とも嬉しそうだった。
幸太は運がなかったのか、そのまま席は変わっておらず、一之瀬が近くにいない一番前の席で、机に突っ伏してショックを受けていた。
席替えを終えた後、残りの時間は体育祭の実行委員を決める話し合いに使われた。
こういった行事の役員を面倒くさいと思う奴もいれば、高校生活を満喫したいということでやりたいという奴もいる。
うちのクラスは後者の奴がいたようで、あっという間に決まった。
午前中の日程が終わり、学食で幸太と一緒に昼食を取っていた。
飯を食べている間も幸太はショックを引きずっていた。
「あ~あぁ、陽香もいないのになんで前の席なんだよぉ」
「くじなんだから仕方ないだろ」
「そうなんだけどさぁ」
こういう時の幸太はテンションが上がるような話題に変えてやれば、立ち直ることを知っている。
「今年も一之瀬と夏祭りに行ったんだろ、楽しかったか?」
さも夏祭りに行っていないかのように話を振る。
「ああ! 楽しかったぜ! 陽香と一緒に射的をやったんだけど、あと少しで大きい獲物を取れそうだったんだけどさ~」
「そうなのか」
恐らく俺が祭りで聞いた幸太のぼやきは、この話なんだろう。
しばらく幸太の惚気を聞いていれば、いつの間にかコップに入っていた水がなくなっていた。
「ちょっと水を取ってくるけど、お前もいるか?」
そう言われて幸太は自分のコップの中身を見て、コップに入っていた少ない水を飲み干して俺に渡してくる。
「サンキュ、頼んだ」
「あいよ」
二つのコップに水を入れて戻ろうとした時に、他の人とぶつかりそうになる。
ぶつかりそうになったことに早めに気付けたため、水もこぼさず避けることができた。
「あっ、すみません」
俺が避けると、ぶつかりそうになった相手が謝ってくれた。
「あ、いえ。こちらこそすみません」
「えっ」
俺のほうも謝罪すると、何故か驚いた様子で俺を見てきた時に、その相手が何者なのかに気づいた。
ぶつかりそうになったのは、和奏が話していた風紀委員の人だった。
何かに驚いたということは、何か気になったことがあるということだから……やべ、これ声に反応したのかも。
嫌なことに気付いた俺は、そのまま何も言わず頭だけ下げて、その場を離れる。
ただ離れる際に風紀委員の子の目が疑い深く、さらに睨んでるような感じがしたのは気のせいだと思うことにした。