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第百四十話 夏祭り肆

 人混みに紛れたところで、三人が見えなくなったことを確認して和奏に聞く。


「で、誰だったんだ?」


「えーと。ポニーテールの子が風紀委員で、挨拶運動とかで一緒になることが多くて……」


 委員会活動で一緒になるから自分のことを知っているという和奏の話は理解できた。

 ただ妙に気まずそうな顔をしながら説明しているところが気になった。


「あの子と何かあったのか?」


「いやー……何かあったかって言われると、何もないんだけど……」


 何処か煮え切らない和奏の言い方に俺は首傾げる。

 すると、和奏は困った顏になった。


「あの子自身は良い子で私のことを慕ってくれてるんだけど……そのちょっと行き過ぎてるって言うか」


「熱狂的なファン的な?」


「そうなんだけど、そうでもなくて……」


 和奏は眉間に皺を寄せて、説明しづらそうに言葉を濁す。

 気にはなるが、これ以上深堀して困らせるのもな。

 何か別の話題に変えようと考えていた時、聞き覚えのある声がした。


「あーくっそ~! あとちょっとで落ちそうだったのになぁ~!」


「幸君が狙ったところ、悪くなかったんですけどね」


 その声をしたほうに目を向けると、どうやら楽しく射的を終えた幸太と一之瀬が向かい側のほうから歩いて来ていた。

 あ、まずい。

 幸太の声は良く通るので、俺達との距離はそんなに近くないが、このまま歩いて行けば近くですれ違うことになる。


「和奏、ちょっとこっちに」


「え?」


 俺は持っていたたこ焼きをビニール袋にしまって、すぐに和奏の手を引いて道路の真ん中から屋台の後ろ側の道に移動した。

 すると、今度はバカップルが如くいちゃついてる知ってる二人組がいた。


「先輩? はい、あ~ん」


「りっ、六花ちゃん、自分で食べられるから」


「私が食べさせたいんです!」


「そっ、そうなんだ」


 浴衣を着た速水は楽しそうにしながら、恥ずかしがってる片桐にかき氷を食べさせようとしていた。

 って、冷静に見てる場合じゃねぇ。


「ごめん、和奏。このまま神社に行く」


「うっ、うん」


 俺達が移動した道には、近くに神社の鳥居があったので、そのまま中に入って参道を歩いて行く。

 すると、今度はお参りを終えたクラスの集団が向かい側から歩いてくる。

 どこもかしこも……って、そりゃ祭りだもんな。

 何処か隠れられるところ探した結果、近くに小さな社が目に入った。


「すまん! やっぱこっち!」


「ちょっ、ちょっと!?」


 すぐに俺達は小さな社に向かって移動し、それを壁にするように隠れた。


「ここは大丈夫そうだな」


 ようやく周りに知り合いがいないところに来れて安心する。

 和奏は手を引っ張られながら早歩きをしていたせいで、軽く肩で息をしていた。


「きゅ、急にどうしたの?」


「幸太と一之瀬を見かけたから移動しようとしたんだけど、片桐と速水がいたり、クラスの奴らがいたりでこうなった」


「あぁ、そういうこと……あれ?」


 和奏は一瞬納得しかけたが、何かに気付いたのか首を傾げた。


「でも、私達ばれないように変装してるから、すれ違っても気づかれなかったんじゃない?」


「あっ」


 ここまで度々知り合いを目にしていたせいで、自分達が普段と違う格好をしていることを忘れていた。

 そのことに気付いてハッとする俺を見て、和奏が少し堪えながら笑い始める。

 そうやって笑われてしまうと、先程までの行動が恥ずかしくなってきた。


「わ、悪い。気にし過ぎてた」


「そんな謝らなくていいのに。私のことがバレないように気を遣ったからでしょ?」


「それはそうなんだが……」


 俺が気にしてばかりいたら、楽しむものも楽しめないだろうと少し反省してしまう。

 そんな俺に気付いたのかわからないが、和奏は優しく笑った。


「そうやってこんな私を気遣ってくれるところとか、本当に修司は優しいよね。普通は面倒くさいとか思ってもおかしくないのに」


「それは……気持ちがわかるってこともあるけど、事情があるだろ」


「だからって、そんなに色々気を回したりしないよ。お弁当の時やじゃんけん大会の時とか、今も他の人に見つからないように自分も変装してるし」


「前の時はそうせざるを得なかっただけだし、今はこの方が俺にとっても都合がいいってだけだぞ?」


「だとしても、それが結果的に私のためにもなってる」


「……」


 そう言って月明りに照らされた優しい笑みは、とても綺麗で何も言えなくなった。

 そして和奏は、とびっきり嬉しそうな顔をして、


「いつもありがとう」


 と一言、お礼を述べた。

 その言葉は心に沁みわたり、その表情は俺のある感情を溢れさせる。


「わ、和奏」


「ん?」


 和奏の目を見つめると、もう溢れる感情を制御できなかった。


「俺、和奏が――」


 次の瞬間、ドオォンッという大きな音と共に周りにあったものが照らされ地面が揺れた。


「花火!」


「もうそんな時間だったのか」


 俺達はすぐに空を見上げて、次から次へと空に上がる大輪の花を眺める。


「綺麗~!」


「近くだから、迫力もすごいな」


「うん!」


 和奏は目を輝かせながら花火を見上げていたので、先程の言葉の続きを言う空気ではなくなっていた。

 そのことに少しだけ残念に思いながら、心の何処かで安心している自分がいた。

 情けねぇなぁ……。

 そんなことを思いながら、花火を眺めていると和奏は少しだけ寂しそうな声で呟いた。


「いつか……自然体の私でいられるようになったらいいな」


 その言葉は願望というには力なく、弱弱しいものだった。

 ただ、それは俺の中で何か一本の芯のようなものが立った瞬間だった。


「なるだろ」


「え?」


 自分の呟きに答えが返ってくると思わなかったのか、花火から目を俺のほうに移した。

 そのまま俺は和奏と目を合わせて言葉を続けた。


「俺と会長は抜きにしても、一之瀬に幸太に片桐と速水、本当の和奏を知って変わらずにいてくれてる事実がある。中学の時と違って、和奏はもう一人じゃない。だから、大丈夫だ」


「……」


 和奏は黙ったまま俺のほうを見て、目を丸くしていた。

 そして、何も言わず花火のほうに視線を戻して一言。


「そうだね」


 その一言は先程の寂しそうなものではなく、少し嬉しそうなものだった。




 それから花火を眺めながら祭りを楽しんでいると、和奏が思い出したかのように聞いてきた。


「さっき花火が上がる前に、何か言いかけなかった?」


「ああ、あれか。大したことじゃない」


「そう言われると気になるんだけど」


 少し拗ねたように口をとがらせる和奏を見て、少し可愛く思いながら適当に言葉を考える。


「和奏が良い奴だから助けたくなるのかもなぁ、って言いかけただけだ」


「なんか嘘くさいけど」


「本当だって」


 何処か納得のいっていない和奏だったが、それ以上追及してこなかった。

 オカルトようなものかもしれないが、今はまだその時じゃないと花火に言われたような気がした。

 和奏自身まだまだ悩んでいることがあるみたいなので、それを解消するまでは余計なことを考えさせたくなかった。

 もうしばらくは友達として和奏を支えよう。

 そう考えた時に少しだけ友達という単語に引っかかった。

 ほぼ同棲状態で、なおかつ両方の実家へ行っている仲を友達と呼べるのだろうか。

 それが何か考えた結果、ある言葉が思い浮かんだ。

 友達以上恋人未満ってやつか。

 そう考えると、何故か少しだけおかしくなった。

 他人と関わらないようにしていた自分が、まさかその言葉に当てはまることが来るなんて思ってもいなかったからだ。


「修司! 今の連続したやつ綺麗だった!」


 楽しそうに笑う和奏を見て、微笑ましくなる。

 ひとまず俺が今すべきことは、この笑顔を絶やさないことだな。


 そのまま俺達は何事もなく祭りを楽しんで、長かった夏休み終えた。

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